カツ、カツカツカツカツ・・・

ガチャ、ガッチャン!




寝惚けている頭に無遠慮に響く音がどんどん近くなる。
バタバタと玄関から近付いて来た足音が枕元で途切れた。
バンッと、寝ていた俺の腹部に何かが投げ付けられる。

「うおっ・・・!」

衝撃で唸りながら見開いた目に映ったのは、ミニスカートから伸びるスラリとした二本の白い脚・・・、

・・・脚?

「ちょっと阿近起きなさいよ!」

キンキンと頭上から浴びせられる罵声に視線を上げれば、般若の面を貼り付けたかの様な彼女の顔があった。
体を起こそうとした途端今度はベッドの中から別の手に思い切り左腕を引き込まれて、こちらからも黄色い罵声。

「何この女、どういうこと!?」

やべ、俺こいつに合い鍵なんか渡してたっけ?
覚えてねぇよ。
あーもう、面倒臭ぇことした。
俺を挟んでギャンギャンと喚き散らしている。

どうしてくれようこの修羅場、と他人事の様に思うのも束の間、




バッチィィィィイーーーン!!!




左頬に衝撃、投げ付けられた合い鍵。
俺と横の女に捨て台詞を吐いて、さっさと部屋を出て行った。
玄関を出てから外でフェードアウトしていくヒールの音がいかにも荒々しい。

やっちまったな。

横で未だ喚いている女の腕を掴んで、ヒリつく左頬を擦りながらベッドから引きずり出した。
責め立てる声は耳の右から左へ通り抜ける。
適当に受け答えをしながら散らばっている服を着せてさっさと荷物を持たせ、部屋から追い出して鍵を閉めた。
暫く扉の向こうで怒声を浴びせていたが取り合わないこちらに諦めたのか、さっき出て行った女と同様ヒールの音を響かせて帰って行った。

「あー・・・、いってぇー・・・」

玄関脇の鏡で顔に貼り付いた見事な手形を確認して寝室に戻る。
ベッドの上にはさっき投げつけられた彼女のバッグが転がっていた。
いつだったか確か煩く強請られて買ったものだ、なんとなく記憶に残っている。
ガシガシと寝癖のついた頭を擦りながらその空のバッグをゴミ袋に突っ込んだ。






「うわ、すっげ!」

俺の左頬から無遠慮にひっぺがした湿布を摘みながら、鮮やかに付いた紅葉をまじまじと観察して笑っている。
その手から乱暴に湿布をひったくって頬に貼り直した。

「じろじろ見んな」

「いーじゃん、彼女にでもフラれたとか?」

「・・・」

あれから時折、ラストオーダーの時間に来るこの男に捕まって話し相手をさせられることが増えた。
ほんの数分だけ言葉を交わす程度の時もあれば、三十分近く話し込んでしまう時もある。
他愛も無い日常会話やくだらない軽口の叩き合いまで、いつの間にか馴染んでしまった。
男の名前が檜佐木修兵だと言うことは少し後になってから判明した。
こちらの名を名乗ったら"変わった名前"だと茶化された。
見てくれに反してそんなゴツイ名前のこいつに言われたくねぇ、余計なお世話だ。
こいつはいつも決まって店の隅のソファ席に座っている。
今日も例外無く俺はその向かい側へ捕まっているわけだ。

「あ、図星?」

「放っとけ」

「ふーん」

単にフラれただけならば話はそうややこしくはならないから良いものの、好奇心丸出しの目で乗り出されて説明しろと言われても言葉に詰まる、それに面倒だ。
彼女、だったのかすら自分の中で定めないままに適当な付き合いをしていたと言うのが本音で、同じような流れでこれまた適当に別の女へふらりと手を出した所を襲撃されてこのザマだ。
一方的に平手を食らって罵声を浴びたものの、向こうもしていることはこちらと恐らく変わらないだろうことは当初から薄々気付いてはいて、お前も方々でつまみ食いくらいしてたんじゃないのかと、もう会うことも無いだろうあの女に言い返してやりたい気持ちも少しはある。
お互い別に本気なわけじゃなかった、筈なのに殴られた、自分で言っていて反吐が出るからそろそろ切り上げてしまいたい。

「うわーヤダヤダ遊び人ですね」

「・・・だから放っとけって言っただろ」

「来る者拒まず去る者追わずはどっかで痛い目見るよ」

「もう見てんだろ」

芸術的な紅葉の理由を俺の口から聞き出して満足したのか、その後も追い出された女が可哀想だの低モラルな奴だの散々からかいながら笑っている。
いくら顔見知り程度になっているとは言え、言ってしまえばただのお客で赤の他人でしかない人間にどうしてそこまで言われる必要があるのかと、朝から虫の居所がすこぶる悪かった事も手伝ってカチンと来た時には口が滑るのも早いもので、

「お前みたいに男と不倫して寝てる様な不徳者に言われたくねぇな、そっちだって遊びなんだろ?それともなんだ、まさか妻子持ちの男に本気にでもなってんのか?とにかくお前に低モラルだのなんだのと言われる筋合いはねぇよ、大体信じられ・・・」

吐き捨てている途中ではっとして口を噤む。
ここはまだギリギリ営業時間中の店内で、俺は店員でこいつはお客で、それで、あとはなんだ、俺は今何を言おうとした?
目の前の男は急に語気を荒げた俺にキョトンとしてはいるものの、また変わらずにケロリと笑って見せた、ように見えた。
こちらが喉まで出かかった一言の謝罪を告げる前に、男が席を立つ。

「はいはい悪かったって、んじゃごっそーさん」

また来るわー、そう言って俺の肩を叩いてあっさりと帰って行ってしまった。

運良くオーナーが裏にいることに感謝をしながら、喉の奥に突っかかったまま残ってしまった罪悪感にずるりとソファへ背を凭れた。



→next

←back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -