浴室のバスタブへ修兵を下ろすと、阿近はジャケットだけを脱いだ姿で傍らのスツールに腰掛けた。
既に準備良くたっぷりと張られている湯には、いつも阿近が調合した香油が溶かされている。
気紛れに種類を変えるそれは修兵の密かな楽しみで、果実の甘さに混ざる濃厚な樹皮の香りから察するに今日はパチュリかイランイラン辺りだろう。
以前、高揚した精神を鎮める鎮静作用があるのだと言っていたから、これを入れられると修兵はいつも阿近に"大人しくしていろ"と嗜められているような気がしてしまう。
それでも、しおらしく言う事を聞く性分でもなければ香り自体は気に入っているので、今夜も修兵は阿近の遠回しなお咎めをサラリと流す事にして胸いっぱいにその香りを吸い込んだ。

髪から足先まで隅々磨かれて、修兵はテキパキ動く阿近を満足げに眺めながらもある一点だけを不満に思っていた。

(……最近阿近が一緒にお風呂入ってくれない…)

ここに拾われて来たばかりの頃は良く二人纏めて拳西に入れられていたり共に湯を浴びていたりしたのだけれど、ここ最近はこうして修兵の世話をするばかりだ。
阿近としては"コイツと入ると無駄な労力と時間が掛かる"と踏んだが故に、このイタズラ好きに絡まれながら入るよりも修兵を入れてやってしまった方が早いとしての行動だった。

髪から滴る雫を丁寧に拭われて仕上げに着替えを手伝われながらも、拗ねたようにぶすくれている修兵を気にも留めず、阿近はコルセットの紐を背中できゅっと締め上げた。
修兵の不機嫌の種が前触れなく降って来ることなど日常茶飯事だ。
ぎゅうぎゅうに締め上げられたコルセットを姿見に映してくるりと確認すると、修兵はさっきまでの不貞腐れた顔を緩め満足げに頷いた。

「今日は随分早々に諦めたんだな」

そう言う阿近に、修兵はまぁねと素っ気ない返事を寄越す。
確かに阿近の言う通り、いつもならば拳西が起きるまであの手この手を使って粘るか、たまにすっきりと目を覚ましてくれた日でも、拳西が王の元へ仕事(と言う名のお守り)に出向くのにぺったりと離れず付いて行ったりしているのが常なのだ。
珍しく早い時分に起きて来たと思えば何か企んでいるに違いないと訝しげな視線を寄越す阿近をチラリと見遣って、修兵は媚びるように両の口角をニィッと吊り上げて見せる。

「んー…ちょっとそこまでおつかい」

鼻歌でも混じりそうな調子で言う修兵に諦めの嘆息を一つ吐くと、阿近は懐から何やらを取り出して開いた包の中身を修兵の唇へちょんと押し当てた。

「お駄賃やるから、イイ子ですぐに帰って来いよ」

この街の住人にしては堅い事を言う阿近の指先に摘ままれているキャンディーをパクリと咥内へ招き入れて、修兵は可笑しそうに口の中の甘さをコロコロと弄んだ。

「はぁーい」

気の無い返事に再び溜息を漏らそうとする阿近を尻目に、修兵は掌に乗せられた残りのロリポップキャンディーを胸元へ押し込んで浴室の窓から軽やかに外へと飛び出した。





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