年に一度のイカれたお祭りを終えてしまえば、この街は存外退屈だ。


マッドサイエンティストと名高い博士の棲む広大なラボの煙突から絶えず立ち込める煙がタウン一帯の空を覆っているお陰で、薄暗い朝も重怠い昼下がりもあっという間に終わりを告げる。
トロリとハニーキャンディがとろけるように太陽が落ちれば、ベルベットの様な紫と深緑色の分厚い煙がもうもうと上がって薄灰色の雲にマーブル模様を描いた。
ラボの館から上がる煙の色でその時に捕らわれている実験台や材料が何なのかが分かるのだ。
今日の哀れな生贄は恐らく首無しウィッチのお気に入りだろう、今頃ご自慢の黒い嘴を引っこ抜かれてユズリハとグーズベリー塗れにされた挙句博士の良いオモチャになっているに違いない。

修兵は隣で寝息を立てている拳西を跨ぐようにベッドへ手をついて身を乗り出し、出窓越しに覗いた外の色を見て僅かに目を輝かせる。
ギギッと軋んだ音を立てて開いた窓の隙間から漂って来る甘い匂いにスンッと鼻を鳴らして、満足げに頷いた。
きっと今日ラボに行けば、退屈を紛らわせてくれるお目当てのものがあるに違いない。
そう当たりをつけて、早速拳西を起こそうと窓を閉めてその身を揺さぶった。

「拳西さん、起きて、拳西さん」

「……」

「…拳西さんってば!!」

修兵の腰へ器用に片腕を巻き付けたまま俯せで寝息を立てる拳西を何度揺さぶっても、時折眉根を寄せるだけで一向に起き上がる気配がない。
もうそろそろ夜も更けると言うのに、この主はなかなかに寝汚いのだ。
目が覚めてから拳西に構って貰うには、まずこの寝起きの悪い主を起こしにかからなければならないので、それが修兵にとっての唯一の労働といったところだ。
髪を引っ張っても耳を噛んでも、起きるどころかミシリと生やせた大きな革張りの翼で修兵ごと抱き込んで再び寝に入ろうとさえしてくる。
がっしりとした骨組みと血管の綺麗に浮き出た羽根に囲われるのは好きだけれど、修兵の関心は今別の所に向いていた。
修兵は覆い被さろうとしてくる翼からするりと逃れると、空振りしたまま自分の身体に片羽根を巻き付けるようにして寝入ってしまった拳西をバシッと叩く。
それでも起きない拳西に拗ねた溜息を漏らして、修兵はくるりと向き直ると"んっ"と両方の白い腕を突き出した。

「阿近ー」

二人よりも随分と早く起きて身支度もきっちり整えている阿近を呼びながら腕を伸ばすのは、お決まりのオネダリの合図だ。
拳西を起こすのに苦労している修兵をいつもの事だと眺めながら、ティーカップ片手にソファで優雅に寛いでいる。
うるさいのが二人纏めて静かな夜更け前の貴重な時間を早々に邪魔されて文句の一つも言いたい所だが、それでも強請られれば甘やかしてしまうのは阿近も拳西と同じだ。
阿近は一つ嘆息した後、まだ飲み掛けで湯気の立つカップをソーサーへ戻して立ち上がった。

「ほらよ、掴まれ」

シーツを落とせば青白くなめらかな素肌を晒した修兵の腕が伸びて、阿近の首筋へぎゅっと掴まる。
湯を浴びるかと問う阿近におはようと礼のキスを頬に一つ送って頷いた。





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