バサリと捲った新聞の番組欄と壁掛けの時計に目を通しながら、拳西はある一点に視線を止めて眉根を寄せた。

「中途半端だな…どうすっか…」

ちょうどリアルタイムで観戦しようと思っていたサッカーの試合の中継が23:00。
今日は仕事が思ったよりも長引いてしまって、帰宅をして夕食を摂り終えてなんだかんだで現在時刻は22:50。
明日はいつもよりも早く出勤をするつもりだから、早めに帰宅をしてゆっくりと風呂に浸かってから観戦しようと思っていたのだが、なんとも中途半端な時刻になってしまった。
拳西は少し考えた末、リビングのテーブルの上で暇を持て余している修兵をひょいと手に取って立ち上がった。

「修兵、ワンセグ起動してくれ」

「?はい、でも普通のテレビじゃなくて良いんですか?」

「あぁ、最初の方は風呂で見る」

「え゛っ」

拳西の言葉を聞いた途端、ワンセグ機能を起動しかけた画面がフリーズする。

「お、お風呂ですか…!?」

「なんだ、嫌なのか、お前一応防水だろうが」

「いえ…あの…そうなんですけど…」

「良いから早くしろ、始まっちまうだろうが」

「う゛ぅ…」






浴槽の淵に立てられたスタンドに身を置いて、修兵はそわそわと落ち着きなく、だが悟られぬ様に淡々と拳西が楽しみにしていたサッカー中継を映し出す事に専念している。

あれからなんだかんだと渋っていた修兵は結局浴室に放り込まれ、湯気で蒸れるからと言う理由でカバーを剥ぎ取られてぎゃあぎゃあと騒いで拳西に怒られた。
お気に入りの紫色のソフトカバーを奪われ心許無く身を縮こめて項垂れる修兵を余所に、拳西もばさばさと衣服を脱ぎ去って行く。
これでも一応”防水”ではあるのだから当然浴室での使用も可能なのだけれど、修兵は風呂場へ持ち込まれる度に毎回今と同じ様な挙動不審に陥っていた。
ざっと全身を洗ってしまって頭からシャワーを被っている拳西をチラチラと見遣り、引き締まった肉体にほぅっと見惚れては、慌てて視線を外す事を繰り返す。
もう幾度も見ている光景の筈なのに、一向に慣れない。
湯船に浸かって真剣に液晶を見つめる拳西は、濡れた髪を後ろに撫でつけていていつもよりも男臭い色気を醸し出している。
歓声と実況とけたたましいホイッスルの音の合間に、拳西の「あれはサイドが」とか「今のはファウルだろ」だとかそんな声が聞こえるものの、修兵にとってはそれどころではないのだ。
曖昧にうんだのはいだの返事をしながらも、その視線はぼんやりと拳西の逞しい首筋や鎖骨に流れる雫を眺めるばかりで、修兵は少しずつ小さな体の奥にむずむずとした熱が溜まっていくような感覚に陥っていた。
湯が浅めに張られているお陰で厚い胸板を遠慮なく眺められるのは目の保養と言えるのかもしれないが、修兵にとっては大好きな主からだだ漏れしている色気は単なる目の毒に過ぎない。
今すぐにワンセグ中継など中断してそこに飛び込んですっぽりと収まってしまいたい、そんな構って貰いたい衝動をぐっと堪えて、修兵は淡々と己の役目を務め拳西へ相槌を打つことに専念した。

「…い、」

「……」

「おい、聞いてたか?」

「んー…?」

「修!」

「うわっはい!」

コツンッと液晶を指先で弾かれて、修兵は不意打ちに体を跳ねさせ液晶の映像をザザッと荒れさせた。

「んなっ、なんですか!?」

慌てて乱れた画面を戻しながら動悸を抑えて拳西を見れば、その眉間には不機嫌そうな縦皺が寄っている。
どうやら自分の問い掛けに対して上の空だった修兵の反応がお気に召さなかったようで、これは完全に機嫌を損ねてしまったようだ。
だけれど、何をぼんやりしていたのかと聞かれたところでその理由を素直に告げられるはずもなく、なんでもないと曖昧に誤魔化してスタンドからズレてしまった体を立て直す為にカタカタと動いた。

「なんだ、スマホのくせに湯中りでもしたか?」

先の不機嫌とは変わって少々気遣わしげに問い掛けて来た拳西に大丈夫だとは言ったものの、ユラユラと液晶の画面を揺らし始めている様子は明らかに"のぼせている"ようなそれで。
不安定な体勢を立て直してやろうと拳西が手を出すより先に、クラリと、修兵の小さな体がバランスを崩してボチャンッと湯船に落下した。

「おい!!」

驚いて声を上げた拳西が慌てて湯の中から掬い上げようと手を伸ばした瞬間、ザバーンッと盛大な水飛沫が上がって何かがずっしり圧し掛かって来る。
危うく湯船の中でバランスを崩しかけてずるっと引き込まれそうになるのをなんとか堪えて、咄嗟に目の前の何かに腕を回した。

「ぶっは!!びっくりしたぁっ!!」

視界を遮る水飛沫が治まって顔を上げれば、水中に落下した衝撃とパニックで突然人型化した修兵が拳西にしがみつきながらゲホゲホと咳き込んでいる。
良く良く見れば拳西が腕を回してホールドしていたのは修兵の腰で、突然密着した柔肌に拳西は目を見開いてポカンと口を開けた。
そんな視線を受けて今の自分の状態を理解した修兵は、素っ裸で正面から拳西に抱き着いている状況に耳まで真っ赤に染め上げる。

「ご、ごめんなさ…っ!すぐ戻りますね!!!」

己の腕の中であわあわと慌てふためく修兵を拳西は暫くポカンと眺めていたものの、すぐにその顔を引き締めて唇の端を吊り上げる。
慌てる修兵が可愛いのともう少しいじめたいのと、しっとりとした肌触りが名残惜しいのとで、気付けばついその素肌に手を伸ばして触れていた。

「え…?」

「いや、勿体ねぇからもうちっとこのままでも良いぜ?」

言いながら、拳西は修兵の細腰から続くなだらかな曲線をなぞって剥き出しの柔らかな尻を撫で上げた。

「ふぁっ」

びくりと肩を跳ねさせた修兵に満足して、脇腹やら腿やらを撫でまわしてその反応を楽しみ始めた。

「待っ、ぁ、待て待てストップ!!け、拳西さんサッカーは!?」

「気にすんな、まだハーフタイム中だ」

「いやっ、ちょ、15分でなにすんだ!!」

「15分ありゃ十分だ」

「なにがだ!!」

そう言って、ぎゃあぎゃあと喚く修兵の顎をがしっと鷲掴み、たっぷりと艶を含んだ表情で唇を寄せて来る拳西に修兵は絆されまいと精一杯の抵抗を試みた。

「だ、だめだめ!!ストォォォップッ!!!」

浴室中に反響する声をとどろかせた瞬間、ふっと拳西に圧し掛かっていた重さが消え、ボチャンッと間抜けな音が再び耳に届いた。
次の瞬間、拳西はあらぬ所に衝撃を受けて、ぐっと息を詰まらせながら前屈みに悶える事になる。
絶妙なタイミングで再び元の形態へ戻った修兵があろうことか股間に落下して、己の足の間でブクブクと沈んで沈黙している修兵を恨めし気に見下ろした。

(このやろ…!)






ウンウンと苦しげに唸る声が、後半戦のサッカー中継が流れるリビングでテレビの音に混じって拳西の耳に届いている。
あれからなんだかんだで修兵を水中から救い出し、すっかり熱を持ってしまった体をとりあえずバスタオルでくるんでリビングのソファへ運び込んだ。
エアコンを低めに設定して目の前で扇風機を回してやり、額にはアイスノンまで乗せてやっている。
因みに、過剰な熱を持ってしまった体は上手く小型化出来ないというなんとも不便な性質のようで、人型化のままタオル一枚に包まって主の膝枕を借りると言う情けない有り様だ。

「…スマホがのぼせた挙句溺れるとはな」

頭上から降る拳西の呆れた声に、うっと言葉を詰まらせてその体を縮こめた。

「だって拳西さんが…!」

「俺がなんだ、挙句人の股間に落ちてきやがってお前は…」

「………」

穴があったら飛び込んで埋まってしまいたいと思いながら、チクチクと責める拳西の声に修兵は再びううっと唸って拳西の腰にぎゅっと腕を回した。
暫くは拳西と共に風呂には入るまいと意志を固くする。
そんな修兵の決意を知ってか知らずか、拳西は風呂上りのビールを片手にとりあえず、と口を開いた。

「修理のカウンターに連れて行かれたくなけりゃ、さっさと元に戻るんだな」

手にしている冷えたビールの缶を修兵の首筋にピトッと当てれば、その冷たさにびっくりして間抜けな声を上げながら体を跳ねさせる。

「冷た!」

驚いた拍子にズレたバスタオルから真っ白な腿が覗いていて、拳西は悪戯をするようにそこへするりと掌を這わせた。

「ひっ!」

「まぁ、俺はこのまんまでも構わねぇがな」

「!!」

意地悪く口端を吊り上げながら見下ろして来る拳西に、修兵はせっかく冷めかけていた熱を再び上昇させて、バスタオルをたくし上げながらゴスッと拳西の脇腹へ頭突きを繰り出した。

「いってぇ!!」


(もう絶対拳西さんの風呂には付き合わない…!)



― END ―

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