「ほれ」

「あ…すんません…」


あれから、どういうわけか青年と青年に抱えられていた子猫を自宅に招き入れ、リビングでコーヒーを淹れてやると言う図に至っている。
招き入れ、と言うよりかは寧ろ保護に近いようなものだが。

事情を聞けば、こういう訳だ。

大学からの帰りに道端で捨てられていた小さな猫を見つけて、目が合ってしまってからどう撒こうとしても後ろを着いて離れなかったらしい。
自宅に帰れば同居人も居るし、相手の了解も無しに連れ帰る事は出来ない。
だけれど、それなりに人通りのある公園沿いの通りで誰にも見向きもされず捨て置かれていた寂しげな目で見上げられてしまうと、無下に追い払う事も出来ないまま結局は絆されて拾って来てしまった。
案の定同居人とは大喧嘩になり、互いに熱くなり易い性格が災いして、一方通行のまま猫を抱えて家を飛び出したのだそうだ。
そして勢いで飛び出したは良いものの、勢いが余り過ぎて携帯も財布も無ければ鍵も持って出なかった。
だが啖呵を切って出て行ってしまった挙句意地が邪魔をして戻るに戻れず、散々歩き回った末に意を決して戻ってみれば同居人は不在で家に入れなかったと言うわけだ。
そんなこんなで、猫を拾った本人が捨て猫のような顔をして修兵達の家の前にしゃがみ込んでいたのだと言う。

「インターホン鳴らしてもこっちも留守みたいだったから…どうしようかと思ったんだけど…その…」

―すんません。と、再び情けなく頭を下げるオレンジ頭を、修兵は困ったように見ながらまぁまぁと言ってわしゃわしゃと撫でた。
ついでに、テーブルの隅で平皿に注がれた牛乳をチロチロと探るように舐めている子猫の頭も指先でくるくるとくすぐる。
修兵の指先が触れた瞬間、ぴっ!と驚いたように毛を逆立てたが、空腹には勝てなかったようでされるがまま再び牛乳に顔を突っ込んだ。

「ははっ、可愛いなぁ」

その仕草に癒されて目を細める修兵に、こいつも腹空かしてたと思うから本当に助かったと、今度は謝罪ではなく礼を述べた。

「いいって。で、どうすんの?」

そう修兵に問われて、一護は再び視線を彷徨わせて眉尻を下げた。
半ば考え込んで俯いている一護の視線がある一点で止まっているのを見て、修兵もその先にあるものを見遣る。
リビングのローテーブルの片隅に無造作に置かれていたファッション誌の表紙を見て、そう言えばと胸の内で頷いた。
確か、一護が只今喧嘩の真っ最中である同居人の職業はモデルで、今まさに目にしているその銀髪だ。
結構な頻度で目にする事の多い売れっ子のモデル様がお隣さんとは、なかなかに不思議な偶然である。
立ち上がった修兵がさり気ない仕草でその雑誌をラックへ戻すと、暫く黙り込んでいた一護がぼそりと話し始めた。

「無理があるのは分かってるんだけど…俺はそれなりに大学忙しいし、あいつも仕事で家空ける事が多いし、今までペット飼った事もないし…あいつなりにコイツの事思って言ってくれてんのは分かるんだけど、今更もう一回捨てになんて行けねぇし保健所連れてくのはもっと…」

皿のミルクを飲み終えて微睡んでいる子猫を撫でてやりながら一護が話せば、会話の内容が分かっているのかいないのか、小さな体をその手に摺り寄せている。
確かに、その同居人の言う事は最もな事かもしれないが、もし自分が一護の立場だったらと思うと、修兵もきっとこの小さな猫を手放す事は出来ないかもしれない。
目の前でシュンと萎れている一人と一匹を見ていると、こちらもなかなかに庇護欲を掻き立てられる困った拾いものをしてしまったものだと思う。
修兵は目の前の光景をじっと眺めながら暫し考えて、うーんと唸った後、何かを思いついたかのようにパンッと手を叩いて「そうだ!」と声を上げた。

「なぁ、そっちが面倒見られない時はそいつウチで預かるって条件付きで説得してみたらどうだ?」

「え?」

「今日はたまたま出てるけど、ウチはほぼ在宅で仕事してるのが一人居るし、多分たまになら預かれると思うんだけど…」

そう言いながら、生活能力の無い目付きの悪い同居人の顔を思い浮かべて少々不安にはなったものの、なかなか良い提案なのではないかと思う。
確かマンション自体はペット禁止の条件はついていない筈だ。
ここで勝手に決めてしまうのもどうかとも思うのだが、あの二人ならばきっと了承してくれるだろう、それに、修兵自身もこの子猫の事を気に入ってしまったのだ。
そう考えて修兵が出した提案に、一護も沈んでいた表情を少し浮上させた。

「いいのか!?」

「おう、二人が帰って来たら一緒にお願いしようぜ」

「ありがとう助かる!!」

先の様子とは打って変わって、一護は両手で猫を持ち上げて良かったなと嬉しそうに頬を摺り寄せた。
少々強引な仕草ににぃにぃと鳴きながら小さな体を捩っているものの、爪を立てる事も無くすっかり懐いてしまっている様子だ。
修兵も反対側から手を伸ばし顎の辺りをくすぐってやれば、その指先をぺろりと舐められる。

「よし、そうと決まればあとは仲直りだなー」

そう言って修兵は自室からメモ用紙とサインペンを持ち出した。


『 お宅のにゃんこ×2は預かった ← 』


上手くもない猫のイラスト付きで紙一面に書いたそれを持って立ち上がった修兵に、一護はブッフォとコーヒーを噴き出す。

「にゃんこて!それどうすんだ!?」

「お前んちの玄関に貼ってくる」

セロハンテープとメモ書き片手に部屋を出て行ってしまった修兵をポカンと見送って、一護は呆れたように溜息を吐いた。
溜息一つの間にさっさと戻って来た修兵は、やり切ったと言うように満足気な顔で親指を立てている。

「帰って来てあれ見りゃ乗り込んで来るだろ」

「…はぁ」


(この人…ちゃんと仲直りさせる気あんのかな…?)






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