(重たい…)

両手に持った大きなスーパーの袋をガサガサと言わせて、修兵は指に食い込む持ち手の鈍い痛みに耐えながらエレベーターの文字盤を見上げる。
パンパンに詰まった袋の中身は醤油やら大瓶のオリーブオイルやら味噌やら重たいものばかりで、丁度タイムセールの時間に鉢合わせて思わず買い込んでしまった。
ざわめき立つ主婦の群れを縫ってスルスルと迷いなく籠に商品を放り込んで行く自分を客観的に思い返しては、随分所帯じみたなと思っておかしくなる。
拳西に頼まれていたビールは買ったし、そう言えば今度こそ阿近に牛乳パックから口飲みするのをやめろと言い聞かせなければ。
そんな事を思いながら頭の中で確認するように袋の中身を反芻している内に、目的の階へ到着した。
ようやくこの重さから解放される。
そう思ってエレベーターを降りながらポケットから器用に鍵を取り出した所で、修兵の足がピタリと止まった。

「……?」

廊下の一番奥の角部屋は、間違いなく己が帰るべき自宅なのだけれど、その扉の前を何か大きな塊が塞いでいるのだ。
遠目から良く見ればそれは人間で、黒いパーカーのフードを頭まですっぽりと被り、膝を抱えるようにしてコンパクトに脚が折り畳まれている。
明らかに不審者然としたその様子に、性質の悪い酔っ払いか、それとも頭のネジのイカれた野郎か何かか…部屋を勘違いしているだけならばまだ良いが、もしも前者のどちらかでは非常に厄介だ。
どちらにしろ、退いて貰わないことには部屋に入れない。
修兵は今一度袋の中を覗き込んで、酒瓶やら何やら武器になりそうな鈍器が手の内にある事を確認した。
最悪踵落としでもしてオトした後に警察にでも通報すれば良いだろう、そこまで物騒なことを考える反面、もし病人だったら110番じゃなくて119番か…そう思いながらじわじわとにじり寄る。

(………、)

塊の目の前で仁王立ちになった修兵は、微動だにしないそれを暫し見下ろした後、探るようにして声を掛けた。

「あの…」

途端、がばっと頭が上げられたのと同時に落ちたフードから現れた派手な橙色を見て、修兵の目が見開かれる。

「あれ、隣の?」

誰かと思えば、見覚えのあり過ぎる、と言うより寧ろ良く見知った隣の住人の一人で、名前は確か黒崎一護と言ったか。
会えば挨拶くらいは交わすし、隣のよしみで時々頂きものをしたり返したりする程度には良好なご近所関係を築いている。
全身を緊張させて接触を試みた不審者の正体が、まさか隣人だったとは。
修兵は肩の力が抜けるのと同時に、どうして隣の人間がうちの前で座り込みをしているのかが分からず首を傾げる。
困ったようにこちらを見上げたまま口を開かない青年に、修兵も同じように困り果ててますます傾けた首の角度を深くした。

「…こんな所でなにしてんだ?」

最もな修兵の問い掛けに青年が漸く口を開こうとしたのと同時、ぴょこんと、何かがパーカーの胸元から飛び出した。

「あ!コラ!」

「!?」

青年の顎に頭突きをかます勢いで勢いよく飛び出たそれを見た修兵の目が真ん丸く見開かれる。
胸上まで上げられているジッパーの隙間から、黒い子猫が顔を出してフルフルと首を振っていた。
フワフワの黒毛にそこだけ白い毛で覆われた小さな前足をちょこんと覗かせて、濃い琥珀色の両目がきょとりとこちらを見上げている。
益々困った顔をした年下の青年と小動物に見上げられて、修兵の胸は言うまでも無くきゅうっとときめいた。

(か……かわ……っ!!)





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