修兵を担ぎ上げたまま器用に床の間の襖を開け、敷布の隅へその体をドサリと下ろす。
うおあっと再び色気の無い声を上げている修兵に構わず、拳西もそこへ腰を下ろすと壁側に背を付けて寄りかかり両手を大きく広げて見せた。

「ほら、どっからでも来いよ」

何故か正座で拳西の挙動を眺めていた修兵が、バッと両手で顔を覆い隠し大袈裟に照れる仕草をする。

「け、拳西さん男前!」

「アホか、ふざけてねぇでさっさとしろ、気が変わっちまうだろうが」

などと言いつつ、そうなる事など絶対にないのだが。

「…いいんですか?」

顔を覆っていた指の隙間からチラリと視線を寄越せば、呆れたように肩を竦めながらもこちらを射竦めている拳西の視線とかち合って、知らず修兵の喉が鳴る。
敷布に手を付いてにじり寄りながら、一人分のスペースを空けて投げ出されている拳西の脚の間へ腰を下ろして向かい合った。
そうして意味も無くへらりと笑えば、広げられていた両腕にぎゅうと拘束される。
密着した拳西の胸板はやはり厚くて逞しい。
今から自分がここに痕を残すのかと意識をすればする程、緊張と期待で修兵の胸の奥底が高鳴った。
そろりと、密着している体の間に手を差し入れて、掌でその体温と感触を確かめる。
押し当てた右掌からトクトクと脈打つ拳西の鼓動が伝わって、常よりも心なしか早くなっている拍動に少し嬉しくなった。
なんだかとんでもないお願いをしてしまったけれど、緊張をしているのが修兵だけでない事にやはり少し安堵する。
ポーカーフェイスを装うのがなかなかに上手い拳西の変化を肌で感じられることは、修兵にとって貴重なのだ。
両掌で胸元を押して、ぴったりと密着していた体を離す。
チラリと、ほんの一瞬窺うように拳西の顔を見上げて、着物の襟元からするりと手を差し込んだ。

「拳西さん…、脱がせてもいいですか?」

「好きにしろ」

ぶっきら棒な了解を得て、修兵はそのまま掌を滑らせるようにして袷を寛げていく。
上半身の着物がパサリと落とされて、がっしりとした肩から引き締まった腹部までが修兵の目前に晒された。
男らしい均整の取れたその造形美に、ほうっと小さな溜息が漏れる。
もう幾度も見ている筈なのに、改めて明りの下で目にする拳西の肉体には感嘆の吐息が零れてしまう程修兵にとっては羨望と憧れの対象だ。
そう素直な感想をぽつりと述べれば、お前も良い体してるじゃねぇかと親父臭い台詞と共に腰元に手が伸びて来て、咎めるようにパシリと叩いた。

「イテェな」

「俺が触るんだから拳西さんはダメ」

言われて拳西は修兵の腰を撫でていた手をすごすごと引っ込める。
それを確認してから、修兵は恐る恐ると言った手付きで拳西の引き締まった腹筋へ掌を乗せた。
ぺたりと両手を這わせれば、掌の薄い皮膚からゴツゴツとした筋肉の隆起が直に伝わって、その凹凸を数えるように少しずつ上へ上へと滑らせていく。
拳西は良く修兵の肌理細やかな肌を褒めるけれど、拳西だってピンと張りのある健康的で艶やかな肌の持ち主だと思うのだ。
そのサラサラとした素肌の手触りを楽しみながら肩口まで辿り着くと、その内側、筋張っている首元へ誘われるようにして唇を寄せて行く。
自然な仕草で僅かに首を傾けてくれたそこへ、すりと鼻先を擦り付けてから唇を押し当てた。

「ん…、」

二の腕に手を添えて、ちゅうと吸い付いてみる。
いつも拳西が自分の身体へ痕を残している行為に重ねながら、その薄い皮膚を吸い上げた。

「っはぁ……、あれ…?」

強く、少し長めに吸ってみたと思ったのだけれど、唇を離した部分を見遣れば、自分が想像していたものよりもささやかな痕しか残すことが出来ていなかった。
いつも拳西は意図も簡単に己の身体へ無数の痕を残していくから、それと同じ赤を想像していたのだけれど、すぐに消えてしまいそうな薄桃色の痕が浮き上がっているだけだ。
どうやら拳西のそこの皮膚は筋ばかりで、鬱血痕を付けるのに必要なだけの柔らかさが足りないらしい。

「そこは殆ど筋肉だからな、そんなヤワじゃ付かねえよ」

勝ち誇ったように唇の端を上げて見せる拳西に、修兵はムッと拗ねたように眉根を寄せる。
からかい半分なのは分かっていつつも、自分と拳西との体格差を指摘されているそれは面白く無い。

「俺だってそんな変わりませんよ!」

そう言って、修兵は上手く痕を付ける事が出来なかったそこへ今度はガブリと噛み付いて見せた。

「!?」

皮膚にキリリと食い込む感覚に思わず声を上げる拳西に構わず、修兵はぱっと顔を離すと、そこを見てなんとも満足そうな表情を浮かべる。

「あ、ついた」

「ったりめぇだ!思いっきり噛み付きやがったな…!」

ポツンと、なんとも嬉しそうに見たままの感想を漏らす修兵に呆れる。
鏡でも無ければ己ではそこが一体どうなっているのかを目視する事は叶わないが、あの勢いだ、なかなかにくっきりとした歯形が残ってしまっているに違いない。
綺麗についたそれに味を占めたのか、修兵はそれからも噛み付きやすい場所を探してはガブガブと楽しげに歯を立てて行った。

「ぁ…んむ…っ」

鎖骨の付け根や肩口、二の腕の裏側、下腕、時折悪戯をしかけて来ようとする拳西の指先を阻止してはそこにも噛み付き、肋骨の上、脇腹。
ガジガジと拳西の身体へくまなく噛み付いては、時折気紛れにその痕へ舌先を這わせたりちゅっと口付けてみたり。
広い背中に両手を回しながら擦り寄って、修兵は箍が外れたかのようにその行為に夢中になっていた。
いつも拳西にたくさん触れられているのも熱いくらいに幸せだけれど、こうして自ら手を伸ばして触れるのもこの上ない幸福感があると思うのだ。
拳西の匂いや体温や肌の感触に触れれば触れるだけ、胸の奥の深い部分、真ん中よりもっと奥の方の敏感で柔らかな所を、拳西の全部が浸透して満たされていく。
その感覚が堪らない。
充足感に頭がふわふわとしてクラクラして、どこからどこまでが自分の身体なのかが分からなくなっていくようなこの感覚は知っている。
それはもっと、深い所で拳西と繋がっている時のそれのような。
修兵は自ずと流される意識のまま拳西の腰へぎゅうとしがみ付き、首元の辺りに当たる帯を邪魔だと言わんばかりにしゅるりと解きに掛かった。

「っおい!」

それまでは、楽しそうな修兵が可愛くて猫が甘噛みしているような行動を散々好きにさせていた拳西も、流石にそれには驚いて制止の声を上げる。
この先の展開に確かに期待している事も事実だが、拳西自身とてそろそろ修兵に触れたくて堪らなくなっている上、そうなるのであればその前に主導権をこちらへ戻してしまいたい。
そう思ってその手を掴んで止めた拳西を、修兵はトロンとした双眸に不満を滲ませつつむっすりと見上げた。

「…動いちゃダメって言ったのに」

「そろそろいいだろ、俺も触りてぇ」

「ヤダ、もうちょっと…」

「ヤダってお前なぁ…子供か」

拳西がそう思っても無理もないような駄々を捏ねて再び目の前の腰へしがみ付いた修兵の目はすっかり据わっていて、そう言えばそれなりに冷酒の盃を空けていた事を思い出す。

(あぁー…ちっと酔ってやがんな…)

果たして酔っ払った修兵に噛み癖などあっただろうかと、ぐりぐりと腹へ頭を押し付けられながら拳西は額に掌を当てて溜息を吐いた。
とにかく、帰宅してから今この瞬間まで続いている生殺し状態をどう打破してくれようかと思案しながら見下ろしていた修兵の頭が、ピタリと止まる。
サッと走った嫌な予感に頭上から名前を呼べば、腰に巻き付いていた腕がずるりと落ちて、返事の代わりに返って来たのは拳西の脇腹をくすぐる規則正しい呼気だった。

「寝…っ!?こいつ…!!!」

人の体中に噛み付きながら振り回した挙句腹の上で寝落ちをした自由な恋人を、拳西は愕然とした面持ちで見下ろす。
愚直にも修兵の身体の下で散々我慢を強いられていた己の愚息はすっかりソノ気になっていたと言うのに、これはどういう拷問か。

(くっそ…!あとで覚えてろよ…!)

頬を抓ろうが引っ張ろうが全く起きる気配なく幸せそうな寝顔を晒す修兵の額へ、バチンッと、渾身のデコピンをお見舞いした。


(……起きねぇ…!)






そうして、
修兵が赤くなった額の謎の痛みにひたすら悩むのと、
寝惚けた修兵による歯形を鼻の頭に付けられた拳西が平子達に爆笑されるのと、
拳西の死覇装に袖がない事をうっかり失念して噛み付いてしまった痕を見た隊士達のドギマギとした視線に居た堪れない気持ちに晒されながら修兵が一日中赤面しつつ職務を熟す事になるのは、数時間後の話。




― END ―



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