きっちり定時に職務を終えて帰宅してから、二人きりでゆったりと夕食を摂った。
拳西が腕を奮って用意してくれた食事はどれも修兵の好きな物ばかりで、愛されているなぁという実感と共に幸せを味わって、いつもより少し良い冷酒を空けて乾杯した。
ほろ酔いでふわふわとしている修兵を手招けば、素直に拳西の目の前へストンと腰を下ろす。

「で、決めたんだろ?"ワガママ"」

「あ…えっと…」

言われてハッとする。
そうだ、今晩は己の我儘を拳西に聞いて貰う事になっていたのだ、充足感とまったりとした空気のお陰で実行に移しそびれてしまう所だった。
せっかくの申し出なのだからとは言え、修兵の中で既に固まっているお願いごとを素直に口に出すのは少々躊躇われる、と言うよりは、未だ僅かな気恥ずかしさが残っている。
ならば、口にするより先に行動に出てしまえば良いのではないか。
修兵は暫し考えた後そうして意を固めると、拳西を真っ直ぐに見据えてその目の前へ制するように掌をぱっと出した。

「じゃあ…拳西さんはじっとしてて、今から動かないで下さいね」

"待て"を出すような仕草をして立ち上がると、修兵は胡坐になっている拳西の背後へぐるりと回りすぐ後ろに腰を下ろす。

「なんだ?」

突然背後に回られて振り返ろうとする拳西に前を向くように再び制して、修兵は後ろから腕を回して、ついでに両脚も拳西の腰に絡めてしまって広い背中にきゅっと頬を押し付けた。
後ろからしがみつかれている体勢に、拳西は何事かと首を傾げたまま固まる。
拳西が大人しくしているのを良い事に、修兵はぎゅうぎゅうとしがみつく力を強くしていった。
図体こそ大きくなってしまったものの、それはまるで幼い頃に修兵が拳西へ"お仕事行かないで"と駄々を捏ねた時のそれと重なって思わず吹き出してしまう。

「なに笑ってんですか」

くつくつと揺れる肩の振動は当然修兵にも伝わるわけで、少し拗ねたような声音が背中を通して伝わって来た。
それでも離れようとしない修兵に、ますます何がしたかったのかが気になるところだ。
しかし、幾ら幼少期を思い出したとは言え当時は拳西の前にも回らなかった腕が、今では白く艶めかしい肌を晒して拳西の逞しい腕に絡んでいる様は比べようもない。
動くなと言われたことも忘れて、思わず、つとその腕へ指先を這わせればパシッと咎められてしまった、面白くない。
素早く牽制した修兵は、もうちょっとと言いながらその温かな背中の体温とそこから伝わる心音に縋っている。

「…で、なんか分かったのか?」

「んー……父性…?」

「おい…なんだそりゃあ…」

デカイ子供がぶら下がっている様となんとも色気のない修兵の返答に、二人してふっと小さく笑ってしまった。

「なんかちょっと、懐かしいですこの感じ」

「まぁな。オメェは良く俺にしがみついてぴーぴー泣いてたな」

「う゛…言わないでください…っ!」

べそっかきだった頃の話を振られて、修兵は恥ずかしさにゴンッと拳西の背中へ頭突きをして唸った。
暫しそうしていて復活したのか満足したのか、腰に絡み付いていた修兵の脚がするりと離れて背後で膝立になる気配がする。
拳西を少し見下ろす形になった修兵は、ふわりと、肩へ両腕を置いて甘えるように覆い被さった。
拳西の髪に鼻先を埋めてぼそぼそと呟く。

「拳西さん、まだこのまま動かないでいて下さいね」

「あ…?おう…」

常とは逆転しているようなこの慣れない状況に、拳西はますます首を横に捻りながらも言われるまま忠実に"待て"を続行する。
いつもならばこうまでされてはとっくに襲い返しているのだが、己が出した"ワガママを聞く"という条件の元、修兵がここから何をするのかも気になるが故だ。

「満足したらちゃんと言えよ」

そう言う拳西に、えぇだのうんだの曖昧な返答をして、修兵は楽しげに柔らかな髪へ口付けた。

「もうちょっとだけ…」


(……、落ち着かねぇな…)



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