― 今夜一晩、お前のワガママ全部聞いてやる ―


揃って家を出る直前に捕まえて耳元で囁いてやった後から、面白いほど動揺している修兵から一体どんな要求が飛び出すのか拳西は気になって仕方が無い。
恐らく常日頃から我儘を言い慣れていない修兵の事だ、拳西にとってそれはワガママだと取れるようなものでもないのかも知れないが。
それでもあの狼狽え振りだ、修兵にとっては余程言い出しにくい事なのかはたまたそれ程恥ずかしい事でも考えているのか。
どんな要求も叶えてやるつもりだが、今朝からあらゆるパターンをシミュレーションしつつ緩みそうになる頬を隊士達の前で晒さぬよう少々苦労しながら引き締める。

午前の執務も一段落して、修兵が隊主室を出てしまってからはからかう相手も居なくなりどことなく手持無沙汰だ。
定例議会までにはまだあと少し時間がある事を壁掛けの時計で確認して、もう一服茶でも淹れるかと、拳西は隊舎の庭に面した窓を開け放ち外気を吸いながらコキコキと首を回す。
そうして窓の外へ投げた視線の先、これまた先と変わらぬ程慌ただしく駆けて来る人物を見つけてふっと笑みが漏れた。
走り回って来たせいで少し頬を紅潮させながら、数歩先から拳西の名を呼ぶその顔は妙に活き活きとしている。
そのままパタパタとスピードも落とさずに駆け寄って来たかと思えば、拳西が凭れている窓枠にガバッと手を付いて大きく息を吐いた。

「はぁっ、資料と回覧、全部回して来ました」

「おう、お疲れ」

言われながら、乱れた髪を労いにわしゃわしゃと撫でてくる拳西の手を修兵は両手でガシッと引っ掴む。
そうしてキョロキョロと辺りに人の気配が無い事を確認すると、捕まえたその手を引き寄せて窓から身を乗り出させた拳西の耳元へ唇を寄せた。

「拳西さん、俺決めました」

"決めた"と言われれば、何を指すかは今朝からの流れを思えば拳西が修兵へ告げたそれで。
大方色々もだもだと考えて振り切れたのか思い切ったのか、今朝からのそわそわとした挙動不審振りから一転、キラキラと目を輝かせてご褒美待ちの子供のような顔をしている。

「で、何にするんだ?」

「まだ内緒です」

勿体ぶるようにそう言って、修兵はもう一度ぐるりと辺りを見渡して身を乗り出すと、ちゅっと、窓越しに掠めるような口付けをして拳西の不意打ちを奪った。

「!?」

「…じゃあ、また会議で!」

呆気にとられてポカンと口を開ける拳西に悪戯が成功したような顔を向けて、修兵はリアクションも待たずそのまま脱兎の如く元来た方へ駆けて行ってしまう。
その背をぼんやりと見送りながら数秒固まって、口から抜けかけていた意識を戻すように大きく息を吸い込むと、盛大に溜息を吐きながら窓枠へゴッと額を打ち付けた。


(くっそ…可愛いやつめ…!)



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