サラサラと書面に筆が走る音と紙擦れの音に、トントンッと軽快に判を押される音が混ざる。
いつもの朝礼を終えてから午後の議会で使用する書類の準備を兼ねて、拳西と修兵は隊主室に篭り向かい合いながら職務を熟していた。
淡々と滞りなく進められる作業の合間、修兵は時折盗むようにして目の前へ座る拳西へチラリと視線を寄越してはハッとしたように逸らす事を繰り返している。
無意識に向けてしまう視線に慌てて逸らすも、それに拳西が気付いていない事を確認して安心してはまた繰り返すことこれで五度目だ。
そんな中でも仕事の手を止めないのは流石と言う所だが、自然に振る舞えていると思っているのは修兵だけで、拳西は一度目の視線でとうに修兵の不自然さには気付いている。
それでも、雑念を振り切ろうと必死な顔で手を動かしている修兵が可笑しくて、そのまま意識だけで観察に勤しむことにして無関心を決め込んでいた。
そんな拳西の胸中もいざ知らず、相変わらず修兵は己の中に渦巻く邪念と葛藤している。

(仕事中だっつーのに、なに考えてんだ俺は…!)

と、もう六度目のそれを胸の内で叫んでみても、視界の隅に映る拳西の伏せられた目元が気になって仕方が無い。
なにがどうしてそこまで気になるのかと言えば、ここ最近で書類仕事の時にだけ拳西が掛けるようになった眼鏡がその原因だった。
得手不得手は別として、元よりどうにも書類仕事を好きになれない拳西が視力矯正目的でなく眼精疲労軽減の為に技局で作って貰ったものらしい。
届けに来た技局の鬼に「隊長もとうとう老眼ですか」などと言われながら手渡されて、怒った挙句ぎゃあぎゃあと互いに何やらを言い合っていたのを思い出す。

細い黒縁のシンプルな眼鏡は拳西の精悍な顔つきに良く似合っていて、野性味溢れる切れ長な目元へストイックな色気が加わり、未だ見慣れないそれにどうにもそわそわしてしまうのだ。
これを目撃した平子達は指を差して笑い転げていたが、修兵にとっては惚れた欲目になんとかは盲目だなんぞと言う感情も相俟って別の意味で悶え転がりそうになっている。

(…触りたい、なぁ……、なんて…)

もっと近付いて、正面からあの目を覗き込んで、ああ、あのままキスしたらフレームが当たって痛いかもしれない、そっと外して眉間とこめかみに口付けて、それから…。
そんな事を取り留めなく思っていた修兵の脳裏へ、ふと今朝家を出る前に拳西に言われた言葉が過ぎり、ぼんっと首から上を真っ赤に染め上げた。

― 今夜一晩、お前のワガママ全部聞いてやる ―

だから一日じっくり考えろ。

いってらっしゃいいってきます、毎朝玄関先で交わされる挨拶のキスと共に耳元で囁かれてしまったのだから堪らない。
お祝いの言葉はとうに日付が変わる瞬間にこれでもかと言う程貰ってしまったので、それはそれで終わりだと思っていた修兵にはとんだ不意打ちだった。
どうやら拳西の中ではまだまだ修兵の誕生日は続いているらしい。
一日考えておけと言われたところで、元よりあまり欲のない修兵にとっては少々難しい要求だ。
だけれど、散々に愛された翌朝にたっぷり艶を含んだ大好きな低音で耳元を震わされてしまった頭の中で今思い浮かぶ欲求はただ一つ。

(わ、湧いてる…!)

消しても払っても一度意識してしまえばことさら湧き上がって来る火照りに、修兵はほんの束の間職務中である事も忘れてうわあぁっと頭を抱えた。

「どうした?」

チラチラこちらを盗み見ていたと思えば急に無言で百面相をし出した修兵に、拳西は吹き出しそうになるのを必死に堪えて声を掛ける。
それにハッと自我を取り戻した修兵が、弾かれたようにガバリと立ち上がった。

「い、いえ、なんでも!あの、お茶、俺お茶淹れてきます!」

「おい、修」

呼び止められるのも構わず逃げるように奥の給湯室へ走ってしまった修兵を、しばしポカンと口を開けつつ見送った後、拳西はとうとう耐えきれず唇の端を歪めながらふはっと吹き出した。
修兵の考えていることなど拳西にとっては大方お見通しだ。
せっかくけしかけたのだ、振り回されてくれなくては意味が無い。
誕生日なのに自分も大概意地が悪いなとは思うのだけれど、愛しい恋人が己の一言で平静を乱している様子はなんとも可愛らしいもので、ついからかいたくなってしまうのだ。
拳西は緩む口元もそのままに眼鏡のフレームを押し上げると、器用にもいつの間にか修兵がすっかり纏めてしまっていた書類へより軽快な音を立てて判を押していった。


(さて、どんな顔して戻ってくるんだろうな…)



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