檜佐木修兵は、夏がめっぽう苦手だ。



夏生まれの癖にだの、副隊長が情けないだのとからかってやった時には鬼の形相で怒られた。
と、一護はいつか渾身の頭突きを食らった時の事を思い出す。
本人曰く、元々の基礎体温が低いせいで外気との温度差が辛いのだと言う。
お子様体温のお前には分かるまいと嘆くように言われて、子供子供と馬鹿にするなと反論したのは記憶に新しい。

日々燦々と照り付ける太陽を睨み付けながら、早く夏が終わればいいと恨み言を呟く修兵に、一護もそれとは別の理由で同調していた。
学生たる一護にとって、夏というものは別段そこまで嫌悪する季節でもなく、寧ろ夏休みと言う長期休暇があるのだからどちらかと言えば楽しみにしている方なのだ。
だが、修兵が絡んで来るとなると話は別だ。
暑さに弱い修兵にとって、己よりも高い体温を持つ一護はこの時期最早天敵と言っても過言ではない。
要するに、触らせて貰えないのだ。
健全な男子高校生である一護にとっては、一つ屋根の下に居る恋人と思う存分触れ合って(邪な意味で)良い汗を流したい、汗ばんだ肌を晒してくったりとしている修兵はさぞ色っぽいだろうというのが本音と言う所なのだが。
しかしそんな事を許して貰える筈もなく、自室のベッドでゴロゴロと無防備に転がる恋人を目の前にして指の一本も触れられないと言う拷問に遭っていた。

「なぁ…」

「ん……」

「檜佐木さん…」

「んー……?」

涼やかに、と言うよりは少々効き過ぎな程度にエアコンの稼働している部屋で、猫のように丸まっている修兵に声をかけても先程から気の無い返事をされるばかり。
己の貸した服を身に着けてベッドにその肢体を投げ出している恋人の姿に湧き上がる悶々とした若い欲求を抑えつつ、すっかり避難場所にされてしまった自室で小さく溜息を吐いた。
一護の愛用している枕を抱き枕代わりにして転がりながら、捲れたTシャツから白い背中を覗かせている様はあまりに目の毒だ。
黒崎家で文明の利器であるエアコンの快適さに味を占めた修兵は、以来夏に現世駐在の任務がある間、尸魂界よりも遥かに暑さの厳しいらしいこちら側の避暑地として一護の部屋に侵入しては入り浸っている。
自分に会いに来たのではなくエアコンが恋しくて来ているのが悲しい所だが、それでも想い人が己の元を訪れてくれるのは嬉しい。
けれどやっぱり、物足りないと言えば物凄く物足りない訳で。
もう幾度もこちらへ来ているのだからそろそろ現世の夏に馴染んでくれても良い頃の筈で、まずは無理矢理にでも暑さに慣れさせる事から、一護はそう考えてチラリと窓の向こうを確認した。

「なぁ、散歩行かねぇ?」

窓の外ではもう街燈が点き始めていて、夕刻も過ぎ日もすっかり落ちている。
これならば真昼の直射日光に焼かれる事もないし、今朝の天気予報で今晩は風が通って比較的過ごし易くなるだろうと言っていた筈だ。
夜風を浴びながら夏の夜の散歩を楽しむのには丁度良いだろうと提案する一護に、もそもそと起き上った修兵がぽかんとこちらを見ている。
その顔にはありありと"何言ってんのお前"と言う表情が浮かんでいたが、一護は気に留めず返事も聞かずテキパキと簡単に身支度を整えた。

「え、ほんとに行くのかよ、やだ暑い」

「やだってあんたが子供か…!」

一人で行けだの外出たら死ぬだのおおよそ護廷の一副隊長が口にする台詞とは思えない弱音と愚痴を吐く修兵をサラリと流しながら、一護は一苦労して枕と仲良くする長身を起き上らせる。
日頃あれだけ背筋を張り凛とした佇まいを崩さない癖に、ここまでだらけた情けない姿を見せるのは自分の前でだけだと思えばそれも可愛らしく思えるし優越感もあるというものだ。
半ば強引に玄関まで引き摺っていって、しっかり施錠をすると、外に出た途端むわりと肌を撫でる熱気に未だに渋る修兵の背を押しながら歩き出した。








昼間けたたましい程に鳴いていた蝉の声は、草叢から聞こえる涼やかな夜の虫の鳴き声に変わって控えめに響いている。
それだけでも真昼より遥かに過ごし易く感じると思うのだが、どうやら隣を歩く男にとってはその効果もあまり無いらしい。

「…嘘つき」

「何ぃ!?」

黙々と半歩後ろを着いて来ているかと思えば唐突にぼそりと呟かれた非難に、一護がぐりんと振り返る。
その顔はいかにも不満げで、"帰りたい"と言う意思表示を貼り付けながらじっとりと一護を睨み付けていた。
怒って睨み付けているというよりは、拗ねているのに近い。

「夜だったら涼しいっつったじゃねぇか」

そう言われて、一護はうっと言葉を詰まらせた。
確かに、日が落ちればある程度は涼しいと思ったのだ、お天気お姉さんだって"比較的"今晩はそうなると言っていた。
だがしかしどうだ、いざ修兵を連れ出したまでは良いものの、言い出しっぺの一護でさえ外に出た途端に全身を包んだ熱気に辟易したのも事実。
昼の容赦ない紫外線に焼かれて熱を溜めたアスファルトから昇る熱気と、各家庭から吐き出されている室外機の熱との相乗効果で、昼とはまた違う不快感を生んでいた。
おまけに、冷めきっていない建物の間を縫って吹いている風は至極温い。
一護は都会の熱帯夜を呪ったが、まだ二十分も歩いてない状況で元の道を戻るのも言い出した手前妙な意地が許さなかった。

「日が出てるよりはいいだろうが、クーラーがんがんにつけた部屋で転がってばっかじゃあっち戻る前に体鈍るぞ」

そう言われて、今度は修兵がうっと言葉を詰まらせる。
確かに、こっちに居る間だけ…と甘えてしまっていたことは否定出来ないが、それでも苦手なものは苦手なのだ。
それに、暑さが苦手だと言うことは事実だが、こうして年下の恋人の部屋に入り浸る為の言い訳として利用していることなど言えるわけがない。

「仕方ねぇから付き合ってやるよ…」

なんだか大人げないと思いながらもそう呟く修兵に、一護は困ったような安堵したような嬉しそうな表情で苦笑いを零して再び歩き出した。


それから他愛も無い会話をしながら歩いて暫し、こめかみや背中から流れる汗がそろそろ不快だと感じ始めていた頃、ふと一護が足を止める。

「どうした?」

「あぁー…いや、」

そう言い淀む視線の先を追えば、閉じられた黒い格子門の奥に大きな建物がそびえていて、見覚えのあるそれが一護の通う高校だと気付くのに時間は掛からなかった。
何か忘れ物でもしたのかと問う修兵に曖昧な返事をして、一護は何かを思いついたような悪戯っぽい表情を浮かべてくるっと振り向く。

「ちょっと、涼んでかねぇ?」





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