「阿近さん?なんだろう・・・一緒に居て安心出来る、ずっと昔から知ってるみたいな」




「修兵か?そうだな・・・この先もずっと俺の横に居るんだろうな」









午前四時五十分





蕩々と垂れ込めていた夜は粘膜を剥ぐ様に死に絶え陽が昇る




混ざり合い冷えた残飯を眼下に、壁に凭れて抱き合う

冷えた室内、板張りの床の上、守る様に守られる様に

どれ程こうして居たのか、互いを抱く腕は痺れていた

力無く垂れた片腕、幾度も掌を握ろうとしては落ちる

それは何かを強請る様に傍らで緩く繰り返されていた

保冷庫の機械音が低音で響き、床板を僅かに震わせた

凍み入る静寂と隙間無く合わせた互いの胸から伝わる

現実味を帯びて伝わる鼓動と体温が、唯一時間の流れを告げていた

まるで世界から切り離されているようで、酷く静かな







留まる事のない欲求は彼以外のものを受け付けなくなっていった
欲望願望絶望全ては源を同じくして体内で膨らみ続けている
求めれば求めるだけ今も名前を呼んでいてくれるその低い声
彼の声が荒ぎ憤りと困惑に震える程悲痛である程満たされている耳に気付く
いつからこうなってしまったのかなんて自分ですら解らず答える術も無い
もし今にでもこんな事を告げれば貴方は怒り狂うだろうかそれとも







負目焦燥不安期待絶望願望疑念哀情浮かんでは底に沈んで澱を溜める一方だ
幸せにしたい出来ないでも不幸になんてしたくないひたすらに矛盾している
思い付くもの全てが当てはまらずもうどうしていいのか分からない
守ろうと救おうとする気持ちに比例して皮肉にも日々窶れていく白い肩
ただひたすら名前を呼び続け声に出す事で目の前の存在を確認する愚行を繰り返す
為す術を持たない無力な自分に苛立ち壊してしまいそうな程その薄い肩を揺さ振った









午前五時七分




カーテンから透ける朝陽
染まっていく部屋
散らかった残骸
染まっていく身体









先の見えない優しさで哀れみ慰められるのならただ怖いと思うんです
何時まで?何処まで?僅かな先ですら見えない足下の覚束ない恐怖
ほんの少しでも視線を逸らさないで欲しいんですそれでも優しい顔はして欲しくないんです
いつかは・・・ねぇだって俺は貴方に何一つ遺せるものなんて持ってない








触れた修兵の身体がバラバラと崩れ落ちて行く幻覚を何度も見ている
何時まで?何処まで?僅かな先ですら見えない足下の覚束ない恐怖
お前の望んでいるものを与えてやることが出来ないなぁ何が欲しい?
何が足りない何が欲しい何が苦しい何が怖いそんなものは全て・・・









赤い室内濡れた床板重なる影はまるで 奇形の双魚









ずっと遠い昔赤い鱗の熱帯魚を見て酷く痛々しいと思っていた幼少期
毒々しく光に反射する体面は水と同化することを拒絶する様だった


"ねぇ溺れちゃうよ、助けてよ"

"大丈夫だ、そんな訳ねぇだろう"


歪な鰓で呼吸の仕方を忘れてしまった魚はどうなる・・・?
だから怖いんです。






ずっと遠い昔骨を透かした熱帯魚はいつか水に溶けて消えてしまうのだとそう思いこんでいた幼少期
翻り水と同化して何度も見失う


"ねぇ消えちゃうよ、死んじゃうよ"

"消えたりなんてしませんよ、大丈夫"


確かなものなんて何処にも欠片もないものを欲しがった









溺れる魚は藻掻いて喘ぐ他に為す術等無く
何もかもを止めてしまった時に初めて浮き上がる事が出来る
腹部を晒して水面に漂う光を撥ねたそれは対の死体だ










「「何度も何度も浮かんで来るイメージを必死に振り払った、"今"の全てがなんて拙いのかなんてそんなこと死ぬ程解ってる。だけどせめて触れた先にはどうか・・・」」









「阿近さん?なんだろう・・・一緒に居て安心出来る、ずっと昔から知ってるみたいな」



「修兵か?そうだな・・・この先もずっと俺の横に居るんだろうな」








END