「……」

「………」

キッチンから届くカチャカチャと食器の洗われる音に、上機嫌な鼻歌が時折混ざる。
拳西と阿近はそれをBGM代わりにして、食後に修兵が淹れてくれたコーヒーを啜りながら、カウンターの向こうをじっと眺めていた。
元より口数の多くない男二人が並んで茶をしていてもこれと言った話題も無く、修兵が間に居なければその手持無沙汰に拍車が掛かる。
皿洗いをすると言う拳西の申し出もやんわりと断られてしまって、尚更することもなく、言うなれば暇だ。
そして暇であれば構いたいし構われたいと思うのは致し方なく、拳西はソファーの隅を陣取る阿近をチラリと見遣って立ち上がった。
そのままキッチンまで歩み寄ると、

「あ、コーヒーおかわり淹れますか?」

と言う修兵の言葉に否と返事をしながら背後へ回り、ずっしりとその背中へ圧し掛かった。
リビングの方から突き刺さるような視線を投げられる気配がするが、気に留めず細腰に両腕を回して緩く拘束する。
背中に感じる重みと首筋に押し当てられる唇の感触がむず痒くて、修兵は泡だらけの両手で身動き出来ないまま首を竦めた。
やっぱり手伝うか?などと言いながら珍しく構えオーラを隠そうとしない拳西に、ふはっと吹き出す。

「大丈夫ですよ、あと流すだけだし」

「そうか」

あっさりと返事をしながらも離れない拳西に好きにさせながら、修兵は早く終わらせて自分も構って貰おうと手早く作業を進めた。
目の前で交わされるそんなやり取りに、もう一人の住人の存在を忘れたかのような甘ったるい雰囲気を醸し出すその光景をむっすりと眺めていた黒い塊が、音も無く立ち上がる。
マグカップ片手にひたひたとキッチンへ忍び寄り、二人の足元へしゃがみ込むと修兵のエプロンを下からペラリと捲り上げた。

「「!!?」」

突然下から伸びて来た手に、二人同時にギョッとして肩を跳ねさせる。
何がしたいのかマグカップ片手にヤンキーよろしくしゃがみ込みエプロンを捲っていた阿近が、今度は修兵の履いているスウェットに手を伸ばしてぐいぐいと引っ張って来た。

「うぇ!?なにしてんですか!?」

「なぁ、今度アレやろうぜ」

「あれってなに!!やめっ、脱げる!!」

「裸エプロンでキッチンプレイ」

「はぁ!?」

陽の高い内からとんでもない事を言い放つ阿近に、ヒクリと修兵のこめかみが震える。
いい加減手を放してくれなければ本当に脱げてしまいそうなスウェットを押さえたくても両手は泡まみれな上、阿近を蹴飛ばそうにも片手にコーヒー入りのカップを持っていてそれも叶わない。

(くっそ…!絶対狙ってやってんだろ…!)

身動きが出来ず助けを求めるように拳西を振り返れば、ニッと唇の片端を吊り上げて悪戯っぽい視線を修兵に寄越す。
その表情に嫌な予感がしたのと同時、するり、Tシャツの裾から侵入して来た掌がさらりと修兵の薄い腹を撫でた。

「ひっ」

くすぐったさにゾワッと肌が粟立って、手にしていた皿を危うくツルッと取り落としそうになるのを慌ててキャッチする。

「危なっ!」

「良いなそれ、乗った」

「そうだろ」

「ちょ、なんでこんな時だけシンクロすんの!?なんなの!?」

大の男二人に纏わりつかれて身の危険を感じたままでは一向に作業が進まない上心臓に悪い。
修兵は自分を絡め取る四本の手から逃れるように身を捩りながら、泡だらけの手を二人の顔の前でぺっぺっと振った。

「邪魔!!あっち行っててください!しっし!!」

顔面に食器用洗剤を食らい犬猫のように追い払われて、なんだかんだと言いながらもようやく大人しくリビングへ退散した二人にはぁーっと長い溜息を吐く。
これでは本当に大型犬の飼い主か手の掛かる息子を持った母親の気分を味わっているようで複雑だ。
朝から無駄に体力を削られたものの、あと一息と意気込んで修兵は中断させられていた作業を再開した。









皿洗いを終え、ついでだからと簡単な片付けも済ませた修兵はスッキリとしたシンク回りをよしっと眺めると、エプロンを外してリビングへ戻った。
ソファの真ん中、ちょうど修兵一人分が収まるように間を空けてくれている二人に口元が緩む。

「ちょっと休憩」

そう言って、ストンッと二人の間へ腰を下ろした。
お疲れと言いながら左右から伸びて来る手に髪をくしゃくしゃと撫でられて、修兵は猫のように目を細めながら心地良さそうに受け止める。
修兵は左側から腕を伸ばしている阿近の手を取って、そのまま拳西の方へごろんと転がった。

「うぉっ!?」

片腕を伸ばしたまま中途半端な体勢で修兵に半分ほど覆い被さる形になった阿近が、背凭れにもう一方の手をついて咄嗟にバランスを取る。
急に身を捩ったせいで攣りそうな脇腹にぐえと唸る阿近も気に留めず、修兵は阿近の手を抱えたまま拳西の膝に寝転がって空いている方の腕を腰へ回しぎゅうと抱き着いた。

「どうした?」

そう聞きながらも、二人を巻き込んでこういう甘え方をする時の修兵の言わんとする事など拳西にはお見通しで。
可愛らしいお誘いが掛かるであろう言葉を待ちながら、阿近と拳西の間で猫のようにゴロゴロと転がる修兵の髪を撫でる。
その間にもなんとか体勢を整える事に成功した阿近が、修兵に取られたままの手はそのまま好きにさせてやりながら、今度は完全にずしりと覆い被さった。
いつもならば重いだの苦しいだのと言って抗議をするのだけれど、こんな時の修兵は大人しくそれを受け止めている。
そんな修兵に、拳西と阿近は互いにしか分からないアイコンタクトをほんの一瞬交わして、とびきり甘い声でその耳元へ囁いた。

「修兵、」

「言ってみ?」

ふるりと耳を震わせて、修兵は微かに赤くなった目元を隠すようにして拳西の腹へぐりぐりと顔を押し付ける。
そのまま暫し、じっと顔を上げないまま、辛うじて聞き取れる程の声が二人の耳へ届いた。

「今日は…三人一緒に寝たい、です…」

「あぁ、どっちにする?」

修兵の寝室と拳西の寝室どちらが良いかと言う拳西の問いに、修兵は迷わず"あっち"と言って拳西の部屋を指差した。
因みにこういう時阿近の寝室が選択肢から除外されているのは、資料やらなにやらでごっちゃりと足の踏み場が埋まっている事の方が多いので必然的にどちらかの部屋に絞られる。
それに、拳西の部屋のベッドの方が少し大きいのだ。
暗に修兵が示す大胆なお誘いに、拳西と阿近は同時にふっと吹き出して口元を緩める。
了承の意を込めてそれぞれ修兵の髪へ唇を落としながら、さて今日はとことんこの可愛らしい恋人の我儘を聞いてやろうと、二人して同じような段取りを頭に思い浮かべながら楽しみの一つ増えた休日の過ごし方を模索した。


ふと、何かを思いついたらしい阿近が、さっきまで修兵が身に着けていたエプロンが無造作に置かれたままのキッチンを指差す。


「なぁ、俺はアッチでもいいぞ」


「「…まだ言ってんのか」」




― END ―


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -