パタパタと、ベッドから腕を伸ばして手探りで枕元のスマートフォンを掴む。
いつもより少し遅めに設定した目覚ましを鳴らしているそれの音をどうにか切って、修兵は緩慢な動きでむくりと起き上がった。
ふぁっと、大口を開けてあくびをしながらコキコキと体の筋を伸ばす。
午前九時を過ぎた頃だけれど家の中はまだ静まり帰っていて、二人はまだ起きていないようだった。
拳西の仕事が夜遅くまで立て込んでいる日の夕食とその翌日の朝食の支度は、主に修兵の仕事だ。
因みに、もう一人の住人のスペックの中には言わずもがな料理だなどと言う機能は備わっていないので、仕事の時間がどうであれ阿近がその当番へ加わることはないのだが。
それは良いとして、拳西が遅い日には必ず早や上がりのシフトを貰えるのは有り難いが、どうしてオーナーがこの家の事情を完璧に把握しているのかがちょっと怖い。
ふっと浮かんだ無精髭のにやにやした笑みにゾワッと鳥肌が立って、修兵はぶんぶんと首を振り慌ててそれを掻き消した。

着替えようかどうしようか少し迷った挙句、下のスウェットはそのままに上だけ部屋着用のTシャツを身に着けた。
まだ少しぼんやりする頭でペタペタと洗面台へ向かい、冷水で顔を洗う。
スッキリとした顔を拭いながら髪を上げていたヘアバンドを取れば、サイドが頬に掛かって少し伸びたかと毛先を引っ張った。
そう言えば昨日も調理をしていて少し邪魔だったのを思い出す。
修兵は暫し悩み、洗面台に置いてある幾つかのアイテムの中から細いヘアピンを何本か手に取って、手早く纏めた髪に頷く。

「こんなもんか」

すっかり簡単な身支度を整えてしまうと、エプロンを身に着けてキッチンに立った。
身を屈めながら冷蔵庫の中身を覗き込んでメニューを考え、必要なものをシンクに並べて行く。

昨日買っておいた鮭は玉葱のスライスの上に乗せて、バターと一緒にキノコとホイルに包んでからオーブンへ。
小松菜と油揚げの煮浸しに、出し巻き卵には昨日の夕飯の親子丼で余った三つ葉を乗せる。
何か足りないと少し考えて、彩りにトマトと塩麹の和え物を一品追加した。
ご飯が炊けたのを確認してからそれらを丁寧に皿へと盛り付けて、豆腐とワカメの味噌汁を並べたら完成だ。

こうして時間の余裕がある休日の朝には、少し手の込んだ朝食をゆっくりと準備するのはもうすっかり習慣づいている。
美味しそうに食べてくれる二人の顔を思い浮かべながらキッチンに立つのは修兵の楽しみの一つだ。

なかなかの出来栄えに満足して、修兵はしゅるりとエプロンの紐を解いた。
朝食が完成した所で、今度はそれが冷めない内にまだ寝ているであろう二人を起こさなければ。

リビングを出て、まずは拳西の寝室へ足を向ける。
ノックをしようとした所でガチャリと扉が開いて、修兵の肩がビクッと跳ねる。

「びっ…っくりしたぁ、おはよう拳西さん、起きてたんですね」

「おう、今起きた…おはよう、修兵」

そうちゃんと挨拶を返してくれる拳西は未だスウェットのまま随分と眠そうで、欠伸と共に唸りながら修兵へ覆い被さるように凭れ掛かって来る。

「あ゛ぁー…」

腰へ緩く両腕を回しながら首筋に鼻先を埋めてすっと息を吸い込む気配に、修兵はそのくすぐったい感触に小さく笑った。

「鮭と…煮浸しと出し巻きか…?」

「ぶはっ、凄い拳西さん、正解」

すんすんと修兵から漂う良い香りを嗅ぎ分ける拳西はまるで良く鼻の効く大型犬のようで、今朝のメニューに嬉しそうに口元を緩める様子に吹き出してしまった。
いつから始まったのか拳西は修兵の纏う匂いだけでその日のメニューを当てられるという何とも器用な芸当を披露するようになった。

「味噌汁は…豆腐か…?」

「うーん、惜しい、先に行って待っててください」

ちゅっと、目覚ましのキスを拳西の頬へ施してその背を押す。
拳西はそれに満足して修兵を拘束していた腕を解くと、お返しのキスを唇へ一つ落として洗面台へ向かった。
修兵はそれを見送ってから阿近の部屋の前に立つと、絡まれたら呼べと言う拳西の言葉に苦笑いしながら頷いて小さく気合いを入れる。

「さてと、」

この部屋の主を起こしにかかる時は、手早く起こして素早く逃げる、これが肝心だ。
なにしろこの低血圧男を起こすのには骨が折れる。

「阿近さん?…起きてる?」

きっとまだ中でベッドに埋まっているであろう事を予想して、半分程開けっ放しにされているドアに一応軽くノックをしてから中を覗いた。
きっちりとカーテンを閉め切って薄暗い寝室のベッドから、蹴落としたであろう掛布がずるりとだらしなくはみ出している。
寝乱れているそのベッドの上を確認して、修兵はひっと小さく息を飲んで肩を跳ねさせた。
いつもならば芋虫のように丸まっているのだが、どういうわけか俯せの状態で上半身だけを乗り出したままだらりと床に両手をついて固まっている。
まるで某ホラー映画の中でテレビ画面から這い出て来るアレのようで、なんとも言えない光景に修兵は恐る恐る近付いて項垂れている頭をツンツンとつついた。
見た瞬間こそ怖かったものの、背中は丸出しだわ寝癖はついているわで良く良く見ればなんとも間抜けな格好である。

「阿近さん…、生きてる?」

「……おう、」

「おはよう」

「…おう」

どうにも頭に血が昇りそうな体勢ではあるが、当人はこの状態でも半分ほど寝ていたらしい。
未だ動かずくぐもった返事を返す阿近にどうしてこうなったと聞けば、修兵が朝食を準備していた良い匂いにつられて目を覚ましたものの途中で力尽きてこの状態だと言う。
ここまで動いたのならば最後まで起きれば良いものの、低血圧とはなんともやっかいだ。

「起きないと朝ご飯冷めますよ」

「食う」

「早く来ないと拳西さんと先に食べちゃうから」

後は放っておいても空腹に負けて起きるだろう、そう踏んで、修兵はしゃがみ込んでいた体勢から立ち上がろうと背を向けて勢いを付けた。
途端、ぬっと伸びて来た手にスウェットの腰元を掴まれてビタンッとつんのめってしまう。

「イッタァッ!!」

顔面から床に突っ込んだ修兵は、悲鳴を上げながら痛む鼻を押さえてがばっと後ろを振り返った。

「なにすんですかっ!!」

「今日は黒か」

「…は?」

ぼそりと呟いた阿近の視線の先を見れば、ずり下げられたスウェットとそこから覗いている己の下着が目に入って、ピキリと額に青筋を浮かべた修兵はその頭頂部へ手刀を落とす。
ビシィッと良い音がしてクリーンヒットした一撃で阿近の手が離れた隙に、修兵はバタバタと逃げるように寝室を飛び出した。


(低血圧とかウソだろ…!わざとだろアレ…!)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -