ぐぅっと、声にならない唸り声を上げて、修兵はこれまでに幾度か世話になっているとある場所の見慣れた天井を見上げながら額に手を当てて溜息を吐いた。
やらかしてしまった失態への情けなさと迷惑を掛けてしまった申し訳なさで、体調だけでなく気分も底辺の底辺まで下降している。

(久し振りにやっちまった…)

ここの所は気を付けていた筈なのだけれど、現状からしてそんなものは己への言い訳にしか過ぎず、修兵は次から次へと溢れる自己嫌悪に再び深い溜息が出そうになるのを飲み込んで上体を起こした。
ぐるりと部屋を見渡せばやはりそこは四番隊舎の処置室で、ひょろりとした優男がこちらに背を向けて作業台でカチャカチャと何かを弄っているのが見える。
起き抜けに卯ノ花隊長が居なかった事に失礼ながらほっとした(毎度の長いお説教と言う名のお叱りは有り難くも恐ろしいので出来れば遠慮したい)のも束の間、荻堂の後ろ姿を認めた修兵は別の意味でげんなりと肩を落とした。

「あ、まだ起き上らない方が良いですよ」

背後の気配に気付いた荻堂が作業の手を止めて、特徴的なやる気があるのか無いのか分からない眠たげな視線を寄越した。
そのまま女ならばコロリと堕ちるであろう笑みを貼り付けてこちらへ歩み寄り、ぐっと顔を近付けてこちらを覗き込んで来る。
鼻先が触れそうな程の距離まで詰められて、修兵は狭いベッドの上で精一杯後退り身を捩ろうと顔を背けた。

「オイ…ッ、近ぇよっ!」

「そんなに嫌がらないで下さいよ、ちょっと診るだけですから」

そう言いつつも、腹の底の読めない笑顔で飄々と毎度セクハラ紛いの事をしてくる荻堂が修兵はどうにも苦手だった。
一度"副隊長をからかうとはどういう了見だコラ"と拳西仕込みの拳骨を一発入れてやった事もあるのだが、それがどうしてこの男には全く効果が無いらしい。
逃げようとする修兵の手首をがしりと掴み、嫌な予感に固まる修兵の頬へするりと手を伸ばしてニコリと微笑んでから、右の下瞼に親指を当ててクイッと下ろす。
どうやら脈を測り瞼の内側の粘膜の血色を確かめているようなのだが、その仕草がどうにもいかがわしい。

「ちょ…っ、」

「落ち着いてますね、顔色も幾分か回復した様ですし」

そう言って、下げていた瞼を戻しそこを親指の腹で擦って満足そうな顔をする荻堂の身体がグンッと勢い良く後退して修兵は目を見開く。

「よぉ、どうだこいつの具合は」

地を這う様な声のした方を見上げれば、いつの間に入って来たのか別室で待機していた筈の拳西が荻堂の首根っこを掴んでぺいっと放っている所だった。
その顔は聞くまでもなくこの上なく不機嫌で、修兵はヒクリと頬を引き攣らせて言葉を詰まらせる。
それに反して荻堂は顔色一つ変えず着物の襟をさらりと直して、拳西へも食えない笑みを浮かべて見せた。

「軽い貧血ですね、それと睡眠時間が足りていませんよ、少し静養すれば良くなるかと」

「そうか」

拳西は安心した様な色を微かに滲ませると、修兵の傍らに立ちその頭を撫でる。
荻堂はそれを眺めながら、心中だけで面白くなさそうに片眉を上げた。

「卯ノ花隊長がご不在で良かったですね」

「説教なら代わりに俺がする」

荻堂のチクリとした皮肉と拳西の言葉に、修兵は萎れた青い顔で気まずそうに目を反らす。
そんな修兵の頬を、拳西が"お仕置き"だと言わんばかりに全力で抓りにかかった。

「イ…ッ!!!け、たいひょーいひゃいっ!!」

「当たりめぇだ、拳骨じゃないだけありがたく思え」

柔らかな皮膚をぐいぐいと抓られて修兵が涙目になった所で満足したのか、パッと手を放し、今度は赤くなってしまった頬を骨張った手の甲で労わる様に撫でた。
撫でられている当人は恐らく無意識なだろうが、先程まで萎れていた様子とは打って変わって気持ち良さげな表情で猫の様に目を細めている。
その頬は別の意味で熱を持ち微かに染まっている様に見えた。

(なるほどねぇ…九番隊の隊士達が騒いでるのはこれか…)

「さて、」

荻堂はそんななんとも言えない二人の空気を打ち消す様にぱんっと手を打って声を上げる。

「診察も終わりましたので、立ち上がれるようでしたらもう戻って構いませんよ」

「あぁ、問題ない、十分休ませて貰った」

そう言って早々にベッドから出る修兵をまだ納得のいかない顔で見下ろしながらも、拳西はその腰をさり気なく支えてやって連れ立った。
その仕草が荻堂にはどうにも牽制に思えて仕方がない。
だけれど今までに見た事のない様な修兵の表情を見られたそのお零れに預かった気持ちで、得意の笑顔を張り付けて薬湯用の漢方が入った袋を拳西へ手渡した。

「世話になったな」

「いいえ、またいつでも」

どこか含みを滲ませた荻堂の言葉に、拳西は扉へ手を掛けて振り返りながら口端を吊り上げた。

「あぁ、もうそうそう来させねぇさ」

そう告げて出て行く拳西達を見送りながら、荻堂は腕組みしながら何事かを企む様に顎を擦る。


(今度ちょっかいでも出しに行くか…)





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