ここの所の九番隊隊士達の会話と言えば、


「なんか最近さぁ…、」


「「おう」」


「檜佐木副隊長さぁ…、」


「「「あぁ」」」


「………可愛くねぇ?」


「「「「「知ってる」」」」」


である。




尸魂界を揺るがせた戦乱から幾らか月日も経過して、各隊が落ち着きを取り戻して暫し。
隊首不在の隊へ新たな隊長を迎えた新体制もそれぞれに馴染み、九番隊もその例外ではなく。
例外ではないどころか、新隊長を迎え入れた隊の中で群を抜いた纏まりと滞りない初動を見せたのが九番隊だった。

がっしりとした体躯に硬質な銀髪、鋭い眼光を帯びた強面で、無口な上沸点が低く短気で手が早い。

これが、九番隊士達が新たに隊長へ就いた拳西に抱いた第一印象だ。
如何にも近寄り難い雰囲気を纏っている隊長へ初めの方こそ遠巻きに臆していたものの、今ではすっかりその様子も形を潜め、各々が敬意と信頼を持ってその背中を仰いでいる。
瞬く間に元の機能以上の結束を見せたその流れには、副隊長である檜佐木修兵の手腕と尽力が相当に発揮されていた。
離反の件があって以来、これまで以上に隊士達に慕われている修兵が拳西へと寄せる絶対的な信頼と尊敬の念。
それに触れれば触れる程、手を引かれる様にして隊士達も拳西を同じ様に慕っていった。

先入観と壁を取り払ってしまえば、六車拳西は存外にも穏やかな人物だ。
沸点が低い事に変わりはないものの、懐が広く器も大きいその性質故か隊士達に懐かれるまで時間は掛からなかった。
何より拳西にとっても元々隊長を務めていた隊に再び配属された上に、修兵が己の不在中ずっと護ってくれていた隊士達への思い入れも深い。
阿吽の呼吸で職務を熟す隊長と副隊長の組み合わせは、今では九番隊にとって自慢の名物コンビ、と言うよりは寧ろ、名物夫婦になっている。
そうは言っても本人達がそれを公言しているわけもなく、飽くまで周囲の人間から見ての勝手な印象なのだけれど。
拳西が九番隊へ来た時から、修兵との間にある種特別な繋がりがある事には誰しもすぐに察しが付いた。
察する、だけならば良かったのだけれど、どうにもあの二人のやり取りは目のやり場に困る事があるのがここ最近の隊士達の悩みである。

例えば、

何の気も無しと言った風に拳西が修兵の頭を撫でていたり、初めの方こそ修兵は周囲の目を気にして盛大に照れて拒んでいたものの、
”あぁ、癖で”などと言って一向に止めない拳西の飄々とした態度に諦めたのか慣れてしまったのか、今ではされるがままで時折心地良さそうに微かに頬さえ染めている。
修兵のそんな表情を目にする度に、そこかしこで悶絶した隊士達から声にならない絶叫が湧いたり隠れて柱に額を打ち付ける者や鼻から赤いものを吹き出す者がいたりでちょっとした流血沙汰だ。

そんな隊士達の苦悩など知らず、九番隊夫婦のスキンシップは日々増す一方で。

さり気なく拳西が修兵の腰を抱いていたり肩へ顎を乗せてみたり、そんな時の二人の会話と言えば”弁当のおかずはなんだ”だの”今日の晩飯はどうする”だの、これを夫婦と言わずしてなんと言う。
その光景に慣れるまでは、過去に見たこともない修兵の表情を簡単に引き出す拳西に小さな嫉妬心や羨ましさを抱いたり、どことなく寂しい様な気持ちになったりもしたけれど、
今となってはこれまで儚い憂いを落としていた修兵の表情へ穏やかな温かさが戻った事を嬉しく思う気持ちの方が勝っている。

”待ち人がいる”のだと、いつか修兵からそんな話を聞いた事があると隊士の誰かが言っていたけれど、きっと拳西がその人なのだろう。

時折懐かしさと憧憬を滲ませた表情で目を細めながら拳西の背へ視線をやっている修兵の表情は、凛としていてこの上なく艶やかだ。

そんな二人を見守りつつ、時に中てられつつ、修兵の良い意味での変化に胸の内をざわつかせている隊士達の最近の酒の肴が冒頭の会話である。

「言われるまでもねぇ」

「そうだよなぁー」

「六車隊長羨ましいよなぁー」

「なんつーかこう、色気も増したっつーか」

「あぁ…今日なんか俺…、」

なんやかんや。
その日一日、修兵がどんな表情をしていただとか、何があっただとか、互いに報告し合うのがいつの間にか隊士達の日課だ。
当人達の居ない所でそれは大いに盛り上がり、思い出し笑いをしたり遠い目をしながらあらぬ妄想に走る者も居たりその光景は他隊の隊士達から見ればなかなかに奇妙だった。

「俺、今日見ちまった」

「何を?」

「…副隊長の首筋に赤い痕」

「「「!!!」」」

「まじかよ…!!!」

「「「うぉぉぉおぉっ!!!」」」

「やべぇ、俺も付け、いや見てぇ…!」

こんな調子で、日々くるくると目まぐるしくけれどどこか嬉しそうに立ち回る修兵の幸せそうな表情に気を取られてしまって、隊士達がどれだけ咎めても治らぬ悪癖が修兵にあると言う事を、その瞬間まで誰もがすっかり忘れていた。





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