「…おい」

「なんだ」

「ほんとに大丈夫かよ…」


あれから一式揃えられている散髪セットを広げて、ついさっきまで修兵が腰を下ろしていたポジションに不安げに眉を顰めた阿近が座らされていた。
背後を陣取ってすっかり準備もやる気も満タンの拳西は、そんな阿近の表情を見て不満そうな顔をする。
筋肉ばかりの武骨な手に細い鋏が握られている様が余りに似合わなくて、どうにも信用出来ないらしい。

「いいからやらせとけ」

「大丈夫ですって、拳西さん器用だし」

そう言いながら、修兵は興味津々な様子で拳西が座るソファの隣へ腰掛け、少し下にある阿近の旋毛を見下ろした。
いつもは自分が居るポジションに、と言うよりは、阿近が大人しく拳西の足の間に納まっている姿が妙に可愛く思えてしまって、物珍しさに思わずぷっと吹き出す。

「おい、何笑ってんだ」

「動くな」

「!!イッテェッ!」

振り返って拗ねた様に修兵を見上げた阿近の頭を、拳西が容赦なく掴んで前へと向き直させる。
グキッと言う鈍い音がして阿近が抗議の声を上げた。

「おら、切るぞ」

「くっそ…!失敗したら覚えとけよ…」

不機嫌なオーラ丸出しで憮然とする阿近の様子などまるで気に留めず、拳西は手櫛でサイドの髪を流しながらシャキシャキと早速鋏を入れて行く。
拳西の筋張った指には窮屈そうな鋏だが、扱い難そうにするでもない。
器用に捉えられていく毛先を見て、修兵は感心した様にほーっと息を吐いた。
それに気を良くしたのか、拳西は気分良く楽しげな表情をして躊躇いなく髪を梳いて行く。

「上手いもんだろ」

「……」

ふっと口端を吊り上げる拳西に、常ならば阿近から文句の一つも出る所なのだけれど、予想に反して順調に進められていく作業に阿近も黙り込んで目の前に置かれた姿見越しにその手元を眺めていた。
拳西も拳西で、気紛れと好奇心に任せて鋏を取っただけの割にはそれなりに熟せてしまっているお陰で気分が良い。
それに、

(こう…大人しく素直にしてりゃ、ちったぁ可愛げってもんもあるのによ…)

なんて事を思いながら、己の手に任せて時折ひょこひょこと揺れる丸い頭を見下ろしていた。
それは隣でその光景を眺めていた修兵も同じ様に思っていたようで、どことなくむず痒そうな、愛玩動物でも愛でる時の様に目をキラキラとさせている。

「……阿近さんが可愛い…」

「!?」

素直にそう口にした修兵をジロリと鏡越しから睨めど、拳西の手でおでこを丸出しにされた状態ではいつもの迫力も残念ながら半減だ。

(うわっ、なんか…デコちゅーしたい…!)

そんな修兵の顔を見てますます不機嫌を拗らせる阿近に、拳西は今隣でうずうずしている修兵が何を考えているのか大方見当がついてしまう。
それにくっと笑いを噛み殺して、前髪、サイド、襟足とバランスを整えながら最後の仕上げに入った。

「こんなもんか…?」

一通り鋏を入れ終えて手櫛で切った髪をパサパサと落としてやりながら、拳西は記憶にある少し前までの阿近の髪の長さと照らし合わせて頷く。
どうだと言われて右に左に確認すれば、以前よりもすっきりとした出来上がりを見て驚いた様に阿近の目が少し見開かれた。
煩わしく目元に掛かっていた前髪もスッキリと切り梳かれ、短くなった毛先を摘まみながら意外そうに鏡の中の己の頭を眺める。
後からいいだけ文句と注文を付けてやろうと思っていたのだけれど、予想外の素早さと出来栄えに散々疑って掛かって嫌がった手前なかなか素直に礼を言い辛い。

「…やっぱ修兵にやってもらうわ」

「おい、なんでそうなる…。うっし、完成」

「やっぱり拳西さん器用」

未だ仏頂面を崩さない阿近の首から巻いていたタオルを取って、素肌に貼り付いている短い髪を拭ってやる。
タオルで拭い切れない髪をふっと息を吹きかけて払った瞬間、ビクリと、阿近の肩が大袈裟な程上下に跳ねた。

「っ!!」

「「……ん?」」

過剰な阿近の反応に思わず動きを止めた拳西と修兵は、もしやと言う考えに至り互いに顔を見合わせる。

「お前…もしかして首弱ぇのか?」

そう言って拳西は目の前で固まっている阿近の首筋へつつと指先を這わせてみた。

「っ!んなワケねぇだろ…!」

とは言うものの、眼下で首を竦ませている様子はどう見ても強がっているようにしか見えず、拳西の中で沸々と悪戯心が湧いてくる。
良く見れば固まっている肩がふるふると震えていて心なしかその耳元が赤い。
耳の裏で淡く染まった皮膚に反して晒されている首筋は青白く、ごつごつとした頸椎の浮き上がったそこへ思わず、


「ひっ!」


噛み付いた。


「あ、悪ぃ、ムラッと来てつい」

「テメ…ッふざけんな!!」

「ズルい!俺も!」

横で騒ぎ出した修兵に目で合図をすれば、その意図を汲み取った修兵は小気味良く返事をして阿近をぐぐっと引っ張り上げに掛かった。
連携プレーもばっちり拳西が阿近を背後から羽交い絞めする様にしてソファへ背を預けると、修兵がその上からずっしりと圧し掛かる。
二人の男に挟まれて身動きを封じられた阿近を楽しげに見下ろして、修兵は先よりも晒されている額へ待ってましたとばかりにちゅっちゅっと口付けを落とした。
拳西は拳西でぎゃあぎゃあ騒いで暴れようとする阿近に構わず、弱点だと発覚した首裏への悪戯を止めるどころかその反応を楽しんでエスカレートさせている。

「んんーなんか新鮮かも」

「ヤベェな、新しい扉開きそうだわ」

「そんなモン開くんじゃねぇ!!くそっ、ヤメロオォォォーーーーッ!!!」



必死の抵抗も虚しく、阿近が好奇心旺盛な二人の新境地の餌食になったかどうかは、また別の話。



終。


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