ほうっと、修兵は指先に向けて白く長い息を吐き出す。

寒空の下、目の前でドッドッドッとエンジン音を吹かす大きな乗り物に跨り何やらを投げ渡す拳西の姿に見惚れて、修兵は胸の何処かがきゅんと疼くのを感じながら微かに頬を染めた。








AM 4:20



職務に追われに追われて怒涛の早さで過ぎ去った師走もほんの数時間前、新しい年を迎えてまだ間もない時分。
年を跨いで催された護廷での忘年会兼新年会をこっそりと途中で抜け出して降り立った現世で想い人の元へ急げば、数日前に約束した言葉の通り、見慣れぬ大きな乗り物に跨って待っていた拳西がようと軽く手を上げた。

「よぉ、早かったな」

「はっ、宴会、抜けて来ちゃいました…っ」

余程急いで来たのだろう、息を切らせて肩を上下させる修兵に軽く笑って、拳西は小脇に抱えていたメットを修兵へほれと投げ渡す。
息を整えながらもそれをしっかりとキャッチして修兵は最後にはぁーっと深く息を吐き出すと、物珍しそうに目を輝かせながらヘルメットをぎゅっと抱えて拳西とバイクをまじまじと眺めた。

"こっちで初日の出でも拝みに行くか"

―連れてってやる。
そう伝令神機越しに告げた拳西の言葉に何度も強く頷いて、どれだけこの日を楽しみにしていた事か。
少しでも気を抜けば卒倒してしまいそうな程に毎度膨れ上がる年末の仕事量も、拳西のたった一言だけで双肩に掛かる荷の重さもスルリと軽くなるのだから不思議だ。
いつもの何倍も速度を上げ、詰めて職務を熟したお陰で無事に迎えられた大晦日。
修兵は緩む表情を隠そうともせずに、目をぱちくりとさせながら拳西の観察に勤しんだ。

夜が明けるまでにこっちに来いと言う事しか聞いていなかった為に、まさかこんな乗り物と一緒に待っていてくれるとは思いもしなかった。
がっしりとした拳西の体格に見合ったバイクは黒を基調にした大型で、グリップ、ミラー、レバー、エンジン回りからサイレンサーまでフラットブラックとグロスブラックで塗り分けられている。
シート部分だけに濃いブラウンレザーが使われていて、渋い印象を与える仕様は拳西の持つ落ち着いた雰囲気に良く似合っていた。

「拳西さん、なんか…ズルい」

「なんだ、惚れ直したか?」

思わずと言う風に感嘆の溜息を混ぜ、小さくぽつりと呟かれた修兵の台詞を聞いて、ニッと唇の片端を吊り上げる。
それへ照れ隠しの否定もせず呆けた顔でこくこくと頷いた修兵に少し拍子抜けをして目を見開いた拳西は、あぁー…と曖昧に呻きながら頬の辺りを一掻きした。
誤魔化す様に低い咳払いをしてから、未だ呆けている修兵の首元へ分厚いマフラーをぐるぐると乱暴に巻き付けてやる。
紫に近いワインレッドとブラックのグラデーションになっている毛足の長いボーダーのマフラーは、数週間前最後にこちらで会った時に拳西も気に入って買ってくれたものだ。
口元が隠れてしまう直前でマフラーごと修兵を引き寄せて啄む様に一瞬だけ口付けを落とすと、拳西は"乗れよ"と言って自分の跨る後ろを指差した。
修兵は思わぬ不意打ちに真っ赤に染まった顔を半分程までマフラーで隠しながら視線から逃れる様に跨ると、後ろから拳西の二の腕をべしっと叩く。
それにふっと吹き出して、拳西は未だ両腕に抱えられたままになっている修兵用のヘルメットをひったくった。

「イテェだろが、ほらちゃんとメット被れ」

そう言って振り返った拳西にずっぽりと被せられたジェットタイプのそれは白地に黒の市松ラインが入っていて、黒地に白の市松の拳西のものと色違いのお揃いだ。
お気に入りのマフラーにお揃いのヘルメット、それがなんだかくすぐったくて嬉しくて、修兵は拳西の腹に両手を回しその広い背中に頬を付けてぎゅうっとしがみ付いた。

「落とされねぇように掴まってろよー」

ぺったりと背中へ貼り付いた修兵へ声を掛けながらアクセルを回せば、ゆっくりと車体が滑り出して行く。
全身を揺するエンジンの振動を感じながら、少しずつ上がって行くスピードに修兵は拳西の腰に回した腕に力を込めた。

「あ、安全運転でお願いシマス…」

「なんだ、ビビってんのか」

思わず発した情けない声に肩を震わせて笑っているのが伝わって、修兵はムッと眉根を顰めながら今度は不貞腐れた声を上げた。

「だ、だって初めて乗るし!」

「心配すんな、俺がお前に怪我させるわけねぇだろう」

「!」

顔が見えなくとも、そう言う拳西の表情が容易に想像出来てしまう。
唇の端をくっと吊り上げた修兵の好きな笑みを浮かべているのだろう、さらりと言われた台詞に目に浮かんでしまった表情が拍車を掛ける。
修兵はムズムズと湧き上がるものを抑える代わりに目の前の背中へ額を擦り付けて、エンジン音に紛れさせながら小さく"知ってる"と呟いた。










AM 5:00



―…りがとうございましたぁー。



途中で立ち寄ったコンビニで買った肉まんから湯気を昇らせながら、傍らに停車したバイクの前に並んで座り込む。
高速沿いにぽつんと佇むSE内にある小さなコンビニには、時間が時間なだけあって当然ながら客は一人も居なかった。
少々行儀が悪いかとも思いつつ、駐輪場の一角を失敬して休憩を取る。
冷たい北風に晒されてすっかり悴んでしまった指先を温める様に両手で温かなそれを包み込んで隣を見遣れば、目に入った光景に修兵はぶはっと吹き出した。

「…おい、笑ってんじゃねぇぞ」

「だって…っ、その顔で…っ!」

「………」

指を差されて笑われ不機嫌を露わにしながらむぐむぐと口を動かしているそこには、いかにも可愛らしいキテ〇まんがくわえられていて、眉間に皺を寄せた凶悪な顔とピンクのリボンを付けた子猫のキャラクターとのギャップが修兵の腹筋にダメージを与える。
豪快に頬張っているせいで妙に歪んでいるキ〇ィの顔がこちらを向いていて、まるでこんなイカツイ男に食べられている不満をこちらに訴えている様だった。

「お前が押し付けたんだろうが!」

「いやだってなんか目が合って」

一度気になってしまったら最後、無性に拳西に食べさせたくなってしまったのだ。
そうしたら予想以上にシュールな画に仕上がってしまった。

「似合ってますって。一口もーらい」

笑いを堪えながらそう言って、修兵は未だ半分ほど丸ごとくわえられている拳西のキテ〇まんからピンクのリボンをぱくっと奪い取る。
拳西はそんな修兵の額を小突きながら飲み込む様にして残りを食べきってしまうと、修兵の手から直接奪う様にして肉まんに齧り付いた。

「あぁ!まだ半分しか食べてないのに!」

「ふん、あいこだ」

「ガキくさっ」

こんな所に座り込んでこちらで良く見かける学生カップルの様になんだかんだと取り留めの無い言い合いをしている自分達の非日常に、修兵は穏やかな気持ちで目を細める。

少しの休憩を終えてそろそろ行くかと立ち上がり軽く伸びをしている拳西のその背中へ、修兵は徐に両手をもぞりと差し入れた。

「あ?何やってんだ…?」

「拳西さんマッチョだからあったかそうで、つい…現世の冬って結構寒いんですね」

厚手のダウンとカットソーの間に手を差し入れて暖を取り始めた修兵に苦笑いを零す。

「マッチョってお前なぁ…あぁー…悪ぃ、グローブ用意してやれば良かったな」

拳西の言葉に大丈夫だと首を振る修兵を再び己の後ろに跨らせて、拳西は先程と同様腰に回されて組まれた手を掴んで離させた。
そしてそのまま修兵の手を自分のダウンのポケットにすっぽりと入れてしまう。

「これでちったぁ暖かいだろ」

ぶっきら棒ながらどこまでも紳士な拳西の行動にはやはりいつまでも慣れなくて、走り始めたバイクの後ろで拳西に飛びつきたくなる衝動を必死に堪えながら両掌を包む暖かさにほっと白い息を吐き出した。











AM 6:05



再び走り出してから数十分。
まだ辺りは薄暗く夜更けの空気を濃く漂わせていて、背後に流れて行く景色は夜景の名残を見せ次々に色を混ぜながら過ぎ去って行く。
時折ちらほらと車や他のバイクと擦れ違ったり追い越したりしながらもやはりその量は少なく、修兵は唸りを上げるエンジン音に負けない程度の声を出そうと息をすっと吸い込んだ。
二人で、なおかつバイクの二人乗りで遠出が出来る事に浮かれてうっかり行き先を聞き忘れていたのだ。

「拳西さん!!どこに向かってるんですか!?」

「海だ!!お前ちゃんと見た事ねぇだろ!?」

その内絶対に修兵を連れて行きたいと思っていた場所があるのだと声を張る拳西に、修兵は今日会いに来てからずっと燻っていた嬉しさが飽和してしまって、今度はエンジン音に隠して何度も好きだと呟きながらアクセルをぐっと踏み込む拳西に振り落とされない様により一層強くしがみ付いた。



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