「あー・・・面白くねぇ」

コンクリートのひやりとした温度が掌に心地良い。
フェンスに預けていた背をずるずると下げると、恋次はそのままだらしなく仰向けに寝転がった。
幸い昼休みに屋上へ足を運ぶ生徒は少なく、今は陽当たりの良い絶好の場所を一人で占拠している。
昼食を済ませた後の適度な満腹感も加わり、絶好の昼寝日和と行きたい所だったが、生憎気分はそう清々しいものでは無かった。

その原因は最近の想い人の行動にある。

今期から新しく赴任をしてきた六車拳西が、クラス担任と体育教科担当になってからだ。
妙に修兵が大人しくなった様に思う。
大人しいと言うには語弊があるかも知れないが。
以前は時折サボっては医務室へ滑り込んでいた体育の授業を一時限も欠かさず受ける様になったし(まあそれでもいつもの適当さは余り変わらないが)、拳西が依頼した事はどんな雑用でも文句の一つも言わずにこなしている。
今まで教員達とは絶対的な一定の距離を保ち続けていた修兵の行動の変化が、恋次にとっては非常に面白くないのだ。
勿論学校には修兵が嫌う様なろくでもない教員ばかりではない、他にも彼が信頼している教師は居る。
だがそれでも恋次の目には拳西へ対する修兵の行動はどことなく特別に映ってしまうのだ。

(俺が過敏過ぎんのかもしんねぇけど・・・)

ぐるぐると柄にもない事に回転させていた脳味噌がようやく眠気を訴え始めた頃、ガチャンと屋上の扉を開く金属音が届いた。
なんとなく邪魔に入られた様な気がした恋次は一つ舌打ちをする。
無理矢理昼寝の体勢を整えようとしたのも束の間、近付いて来た足音に目を開けたと同時、がつんと腰の辺りに衝撃が走った。

「イッテェ!」

「おー見っけた見っけた、何してんのお前」

恐らく自分の腰を踏みつけたのだろう修兵が、転がる恋次を跨いで仁王立ちで見下ろしていた。

「檜佐木さーんパンツ丸見えー」

「バカかスカートなんざ履いてねぇよ!!」

「じゃあなんで後ずさりしたんスか!女子か!!」

「うるせぇ!いい加減そのくだらねぇセクハラやめろ!」

「て言うかイッテェ髪!!髪踏んでるから!!」

腰を擦りながら吠える恋次を軽くもう一蹴りすると、修兵はその隣へ腰を下ろした。

「あー、ったく。檜佐木さんこそ何してんだ?」

「あ?だってお前珍しく昼飯ん時いねぇし、何してんのかと思ってよ」

「ほーう、一人で飯食うのが寂しかったって素直に言えばいいじゃないスか」

「一護と食った」

「あぁそう・・・」

至極反応の薄い修兵との温度差に、恋次はつい先程までのテンションに再び引き戻される。
日常茶飯事とは言えいつまで経っても報われないのだ。

「なんか俺に用でもあったんじゃねぇの?」

悠長に伸びをしながらぼんやりとし出す修兵に、恋次は問いかける。
修兵はそれへ欠伸混じりの面倒臭そうな間延びした相槌を寄越した。

「別にー、一護いなくなっちまうから暇だし」

聞けば、二人で昼食を済ませた後、部の打ち合わせで召集が掛かっていた一護はそのまま部室に行ってしまったのだそうだ。
本当にただの暇潰しと言ってしまえばそうなのだが、それでも用も無いのに自分を探して校内をうろうろとする修兵の姿を思い浮かべればそんな事はどうでも良くなってしまう。
我ながら現金なものだと呆れもするが、こればかりはどうしようもない。
日差しに当てられながら緩み切った表情を見せる修兵をじっと見上げる。
唐突に、修兵が恋次の足をげしげしと蹴りだした。

「ちょっと起きろお前」

「イテ、なんスか」

言われるまま渋々起き上がりフェンスへ背を預けた恋次の投げ出された足の上へ、修兵は無遠慮にごろりと自分の頭を乗せて寝転がった。

(ナニぃっ!!!!???)

いわゆる、予想だにしなかった膝枕だ。
膝に感じるリアルな重さと体温に動転する恋次を横目に、修兵はもぞもぞと首の位置を整えると、気持ち良さそうに伸びをした。

(くっそ、猫みてぇなことしやがって・・・!襲うぞ!)

思いはするものの実際行動に移せる筈もなく、へたれた自分を情けなく思いながら、恋次は一つ呼吸を整えて全力で平静を装った。

「なぁ檜佐木さん」

「んー?」

聞いているのかいないのか、緩い返事をしながら仰向けで手を伸ばした修兵は、先程自分がわざと踏みつけた恋次の髪を一束手に取りくるくると梳く様に弄び始めた。
筋張った白く長い指に自分の真っ赤な髪が絡め取られているのを、恋次は恨めしく見やる。

「あんた六車先生の事好きなのか?」

生憎この男の頭にオブラートと言う繊細なものは備わっていない、直球にも程がある様な物言いに修兵は別段慌てた様子もなく、

「あー?あぁ」

とだけ答えた。

「まじで!!?」

がばりと上下した膝の上で修兵の頭が跳ね、文句の変わりに腹へとめり込んだ拳に大人しくなった恋次が身悶えた。

「気持ちいいじゃねぇか、体育教師らしいし、変な差別とかもしねぇし、いい先生なんじゃねぇ?」

「あぁ、そういう意味で・・・」

なんでもない事の様に答える修兵に、一瞬でも焦りを露わにした余裕の無い自分がなんとも情けない。

「それにあの人俺に嫌味とか、余計な事も聞かねぇし」

それが修兵にとって一番の要になっている事かも知れなかった。
恋次とてそれはその通りだと思ってはいるのだ、今まで修兵が毛嫌いしてきた類の教師とは違う、それに何より自分の想い人の命の恩人でもあるのだ、悔しいがそれは認めざるを得ない事実に変わりない。

「あんだよ、恋次は嫌いなのか?」

「いや、そんなこともないっスけど・・・」

「じゃーいいじゃんよ」

ぐぐっと再び伸びをした修兵は、

「ちょっと寝かせろ」

有無を言わせず恋次の膝を占領したまま目を閉じた。

「檜佐木さん授業どうすんだよ」

「次自習ー」

「あ、そっか」

自習であってもなくても今のこの状況を終わらせるには勿体無い事この上なく、自ら修兵の頭を退かすという選択肢は恋次には毛頭無いものだ。
年相応の寝顔で気持ち良さそうに寝息を立て始めた修兵の頭をどさくさに紛れて緩く撫でながら、恋次は詰めていた溜息を一気に吐き出した。

(人の気も知らねぇで・・・)

幸か不幸か、残り数十分は続くであろうある意味生殺しの様なこの時間を随分と長いものの様に感じながら、恋次はぐっと堪えつつ滅多に見られない寝顔の観察に勤しむ事にした。



* 4.5 *


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