「なぁにぼんやりしてるんスか?」

「ぎゃぁっ」

店の扉に"close"の掛札を下げて洗い上げたカップをクロスで拭きながら呆けている修兵の背後へ、足音も無く忍び寄った浦原がぴったりと貼り付く。
途端、不意を突かれて悲鳴を上げた修兵はツルッと取り落としそうになったカップを慌てて空中でキャッチした。

「オ、オーナー!!」

己の肩に顎を乗せているセクハラオーナーをぐりんと振り返り、修兵はバクバクと鳴る心臓の辺りを擦りながら非難の目を向ける。

「君がぼーっとしてるのが悪いんスよ、片付け終わりました?」

「あ、はい、すみません…」

周囲を見回せば明日の準備も含めてすっかり片付けは終わっていたのだけれど、いつもよりも時間が掛かってしまったそれに対して修兵は素直に謝罪した。
そんな修兵の頭を、浦原は子供にするようにぽんぽんと撫でる。

「いいんですよ、お疲れ様っス。それより、」

労いの言葉に続けられた浦原の言葉に、修兵は困った様な笑みを浮かべてこくりと一つ頷いた。

”拳西さん、まだ帰ってないんでしたっけ?”

そう言う浦原の言葉通り、仕事でいつもより長く家を空けると言って今日で半月程が経過していた。
これまでにも2,3日の出張は稀にあったのだけれど、ここまで長く居ないと言う事は珍しい。
拳西の立場上仕事の忙しさは十分に分かっているし、拳西が不在だとしても家には阿近が居てくれるのだが、その阿近も今回は追い込みが重なってしまったらしく"修羅場だ"と言って部屋に篭りきりで滅多に顔を合わせられる機会がなかった。
そうなると必然的に修兵が一人になる時間が増えてしまう。
三人で居る事にすっかり慣れてしまったこの身でその時間は想像以上に長く感じられて、なんだかそわそわと落ち着かない様なぼんやりと意識が定まらない様な、要は寂しいのだ。
勿論、仕事を疎かにする事などないのだけれど、浦原にはいつもと違うその様子を簡単に見抜かれてしまう。
元々今の関係になればいいときっかけをくれたのはこの人なのだが、こんな所でも自分は随分と甘やかされているのだなと修兵は再び困った様な笑みを零した。
思えば阿近の"修羅場"とやらもそろそろ明ける筈で、その上拳西が帰宅をするのは明日の予定なのだが、そう思うと余計に恋しくなってしまうのも事実。
そんな事をぽつりぽつりと漏らせば、浦原はにっこりと胡散臭い笑みを貼り付けてずずいっと修兵に迫る様に身を乗り出す。
目の前に迫る浦原の綺麗な顔を避ける様に仰け反り、退路を塞がれて修兵は背後にあるキッチンの流しに後ろ手を付いて固まった。

「え…、ちょっ、」

「寂しくなったら言って下さいって言ったじゃないスかぁ、いつでも慰めて差し上げますよん」

そう言って、悪戯気な笑みを浮かべながら修兵の腰に手を回してエプロンの紐をしゅるりと解きにかかる。

「〜っだから!!」

そんな浦原の顔を片手でぐいっと押し退けて、潰れた様な声を出す浦原に脱がされたエプロンをべしっと投げ付けた修兵は真っ赤な顔で長い腕の中から抜け出した。
もう何度もこの類のセクハラは繰り返されている筈なのに、未だこんな初心な反応をするせいで余計に浦原の悪戯心と庇護欲を刺激している事を当人は全くもって自覚していない。

「そう言う冗談はやめてくださいっていつも言ってるじゃないですか!!」

―お、お疲れ様です!!
赤い顔で怒りながらも律儀に挨拶をして逃げる様に帰って行く修兵の後ろ姿を、浦原はひらひらと手を振りながら面白げに見送った。






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