消毒液の放つ鼻の奥をツンと刺す様な特有の臭いは、猫の嗅覚には当然刺激が強いのだろう。
鼻先を忙しなく動かしながら時折不快そうにプルプルと首を振る仕草を見せるものの、それでも手当を施されている修兵の腕へとまとわりついて一向に離れる気配が無い。

緩んでいた包帯を解かれ消毒を施された修兵の左手に、今度は大きな四角い絆創膏があてがわれた。

「うえ、これダセェ」

「文句言うんじゃねぇ」

不満そうに左手を突き出す修兵を、阿近は剥がした絆創膏の残骸を投げつけながら睨みつけた。

「檜佐木さん、どうするんスかその猫」

「すげー懐いてんのな」

「そう!それなんだよ!阿近さん!!」

両脇から子猫を突付いていた恋次と一護が訪ねたそれに、修兵は声を荒げながらがっしりと阿近の肩を掴んだ。

「・・・おい、何考えてやがんだ」

「俺んち動物飼えねぇし、恋次と一護は寮だからダメだし、保健所なんてとんでもねぇし、ちっせーからまた危ない目に遭うかも知れないだろ、だからここは阿近さ」

「却下だ」

「即答!?えぇーいいじゃん冷てぇ!!」

見る間に青筋を浮き上がらせた阿近に怯む事無く食い下がる。
ひょいと持ち上げた猫を、ぐいぐいと阿近の顔へ押しやりながら身を乗り出した。
−俺が生き物なんざ飼えるか−
拒否する阿近を粘る修兵と同様真剣な眼差しで見上げていた猫が、引きつったその青白い頬をぺろりと舐め上げた。

「ほら、懐いてんじゃん、どうしてもってんなら俺がたまに世話しに阿近さんち行くから!いいだろ!?」

「「ナニぃ!!!??」」

さらりと出された提案に思わず同時に立ち上がった一護と恋次が修兵の顔を凝視する。

((寮出てぇぇぇーーー!!))

「・・・しょうがねぇな、ちゃんと面倒見に来いよ」

((受けやがったぁあー!!))

猫を撫で回しながら素直に喜ぶ修兵を横目に、唖然と大口を開けている一護と恋次を見下ろしながら阿近はニヤリと口角を上げて鬼の微笑を見せつけた。

((このエロ保険医…っ!!))



* * * * * 



空座第二高等学校

通称:空座二高

総生徒数:1069名

学力レベル:中の上

全館冷暖房完備

道場、図書館併設

寮施設有り

自由な校風



* * * * *



「どうですか六車先生、クラスには慣れました?」

生徒配布用のプリントを纏め終えた所で、眼鏡の縁を押さえながら神経質そうに微笑む男性教員に声を掛けられた。
赴任して一週間は経過していると言うのに、ここへ来てからの記憶を総動員しても思い出せないその教員の名前を諦め、拳西はごく無難な返答をする事にした。

「ああ、そうですね、お陰様で」

「それは良かった、いきなりあんな留年生の居る様なクラスを任されて大変だろうと思いましてね、2Bは個性的な生徒が多いでしょう?」

見た目の印象に反して良く喋る男だと思った。
それに、どうしてだかは知らないが労いの裏で明らかに険のある物言いをする。
手渡されていた生徒録の中身をほぼ全て頭に入れていた拳西は、"留年生"と言われた人物にすぐ様見当がついた。
檜佐木修兵だ。
この高校へ赴任した初日の朝に、道路へ飛び出した子猫を助けようとして飛び込んで行った生徒だ。
拳西にはあの時の情けない面と、特に表情の無い年不相応のスカした顔位しか今の所の印象には無い。
それでも、この教員が皮肉じみた嫌みを含ませて言う程の人物には思えなかった。
事実成績だってそれ程悪くは無い上、自分の身も省みずに猫を助けに走る様な男だ、何が原因なのか気にはなっていたものの、この男に訪ねる気にはなれなかった。

「大丈夫ですよ、ご心配ありがとうございます」

とにかくまだ仕事も残っているのだ、この教員との会話をさっさと切り上げたかった。
ごく平坦に受け答えをした拳西に興味を無くしたのか、男は一度眼鏡の端を上げ事務的な挨拶をしてから職員室を去って行った。

(なんだってんだ)

一言二言交わしただけで妙に肩の凝る様な男だった。
担当外であるとはいえ、曲がりなりにも自校の生徒である人物を話題にのせるのには不適切なあの態度に、拳西は少し憤りを覚えた。
気分を切り替えようと淹れた濃い目のコーヒーを片手に、窓を開け放って校庭へ視線を落とす。
まばらに下校をする生徒の中でも一際目立つ赤髪と橙色の髪に挟まれて、つい先程あの教員が話題にした檜佐木がいた。
何かを必死に訴えているであろう阿散井の後頭部を、檜佐木が手にしていた鞄を振り上げて思い切り叩き落としている。
顔から地面に沈められた阿散井を指差しながら、黒崎と一緒になってげらげらと爆笑をしている檜佐木の顔を見て、拳西は少し目を見開いた。

(あんな面も出来んじゃねぇか)

ほんの微かに胸中に宿った安心感を自覚しながら、拳西は気分良く残りの仕事に取りかかっていった。



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