「はぁーっ、暑いっスねぇー…」

「黄瀬くん…それもう言いっこナシです、余計暑くなります」

「うぅ…確かにそうっスね…」

「アイス、早く食べたいですね」

「そうっスねー…」

コートの中で唯一大きな日陰の出来る樹の下でごろりと仰向けに寝転がって、黒子と黄瀬はぼんやりと他愛の無い言葉のやり取りを取り留めもなく繰り返していた。
散々走り回って未だに火照っている体はなかなか冷めてはくれないものの、時折木漏れ日の間を縫う様にしてそよぐ風が心地良い。
あの時の黒子のパスがどうの黄瀬のシュートがどうの青峰と火神の大人げない応酬を思い出して笑ったり互いの相手の話題だったり。
ぽつぽつと言葉を交わしている内に喋り疲れた挙句暑い暑いと呻くだけになった黄瀬の声を黒子が聞き流すに至っていた。
目を瞑りながらぼんやりとそよ風に身を任せていた黒子が、ふと強い視線を感じてぱちりと目を開ける。
案の定、隣に寝転ぶ黄瀬がじっと食い入る様にして黒子の顔を眺めていた。

「何かついてますか?」

「いや、そうじゃなくて、黒子っち前より表情豊かになったっスよね、と思って」

「…そう、でしょうか?」

唐突な黄瀬の言葉に、そんな自覚の全くない黒子は首を傾げながらぱちくりと瞬く。
そんな黒子にニッと笑い掛けながら、黄瀬は嬉しそうに言葉を続けた。

「俺ね、黒子っちと青峰っちがまたこうやって一緒に居てくれるの、すっげー嬉しいんスよ」

それは、ずっと彼らを見て来た黄瀬だからこそ言える台詞で、そんな二人と自分も一緒に居られるのも凄く幸せなのだと、そう臆面もなく告げればほんのりと黒子の頬が赤く染まる。
その表情を見て黄瀬はすかさず"ホラホラそれっス!ソレソレ!"と嬉しそうに赤くなった柔らかな頬をむにむにとつつきながら笑った。
そんな黄瀬のちょっかいに黒子は迷惑そうに呆れながら少し眉を寄せたけれど、そんな事はお構い無しに構い続けて来る黄瀬にはもうとっくに慣れたものだ。
黒子は己の頬をつつく黄瀬の手を捕まえて阻止すると、穏やかな表情を眦に浮かべながらじっと黄瀬を見返した。

「それに、黄瀬くんには火神くんも居ますしね」

「っ!!」

その名前を出せば、途端に黄瀬の顔がぼんっと真っ赤に上気する。
人の色恋沙汰には無粋な程首を突っ込んで来るくせに、自分の事となると途端に動揺を隠せなくなる様はなかなか可愛げのあるもので、そんな黄瀬の反応が黒子は密かにお気に入りだった。

「僕も、黄瀬くんの相手が火神くんでとても安心しているんです。分かりますよ、愛されてるの」

人懐っこいようでいて何処か危うげで繊細なこの寂しがりの大型犬を何もかも込みで受け入れて包んでくれる器の大きさを、あの相棒は充分過ぎる程に持っている。
"本当です"と、そう言って微笑む黒子の表情に赤い顔のままぽかんと口を開けていた黄瀬が突然がばりと黒子にしがみついて来た。

「黒子っちぃぃ〜っ!!好きっス好き好き可愛い愛してる〜!!!」

「ちょ、暑苦しいです黄瀬くん離れて下さい、それにそれは火神くんに言ってあげて下さい」

大きな体に真横から抱き着かれてもがく黒子に構わず、黄瀬は長い手足を絡ませて子供の様にぎゅうぎゅうと纏わりつく。
炎天下の中いつまでもじゃれつている二人の耳に、何やら物騒な言い合いと凄まじい足音が近付いて来て、二人同時に顔を見合わせながらぴたりと動きを止めた。

「え…アレ、なんスかね…?」

「…さあ」

どんどん近付く足音にふと顔を上げれば、長身の青い髪が物凄い勢いで全力疾走してくる様が目に映る。

「よっしゃあ俺の勝ち!!!」

そう叫びながらコートに入って来たかと思えば、青峰は二人目掛けて走り込むとズササーッと滑り込みをしながら黒子と黄瀬の間に割って入った。

「わっ!」

「ぐえっ」

スライディングをした勢いのまま黒子を引き剥がして奪い取ると、黄瀬の顔をべりりと押し退ける。

「おい黄瀬ぇ、なにべたべたしてやがんだオメェ」

「モデルの顔に何するんスかこのアホ峰っち!!」

ぎゃあぎゃあと早速言い合いを始めた二人を呆れて見ていれば、少し遅れて火神がぜぇぜぇと息を乱しながらコートの中に走り込んで来る。
青峰同様今度は火神が滑り込む様にして黄瀬の体を抱え込みながら倒れ込んだ。

「あ゛ぁー…!!しんど…」

「うわっ火神っち汗だく!!」

べしゃっと火神に押し潰されながら、黄瀬がその尋常ならぬ汗に驚いた声を上げる。

「青峰くん達…何して来たんですか…?」

「コンビニからここまで全力疾走して勝った方がアイス代奢り」

「まじっスか!火神っちごちー」

「くっそ…覚えとけよこの野郎…なんであの状況でテメェが勝ってんだ…!」

ストバスで散々暴れた挙句この炎天下で無駄に張り合うこの二人の体力はそれこそ無尽蔵なんじゃないかと、黒子は信じられないものを見る様に呆れた視線を二人に送った。

「馬鹿ですか君達は、それよりアイスください」

「あ?おお、ほら火神寄越せ」

「偉そうなんだよお前は!」

未だ息を切らせてそう言いながらも、火神は袋の中から一本取り出すと青峰に手渡した。
青峰の手から受け取ろうとする黒子の手をひょいと避けて無造作に袋を空けると、青峰はそれを黒子の口元へ差し出した。

「ほれテツ、あーん」

「……」

何やら子供扱いをされている様な気がする上に火神と黄瀬の手前でどうしてそういう事が出来るのだと、不満たっぷりの目で青峰をじとっと見上げてはみても、目の前に差し出されたラムネ色の誘惑には勝てそうもない。
黒子が観念した様に小さな口を開けば青峰は嬉々としてそれを中へ突っ込んだ。
一口分より多く突っ込まれてしまったそれをなんとか噛み砕こうともごもご口を動かしている黒子の目の前が、青峰のどアップになる。
そのまま反対側を齧られて、勢いよく齧られたせいで頬に落ちた欠片をついでと言わんばかりに青峰の舌がぺろりと舐め取った。

「ごっそさん」

そう言いながら、青峰は頭突きを繰り出そうとした黒子をひょいと避けて唇の端を吊り上げた。

「信じられません…」

微かに赤い顔をして呆れる黒子の声を遮る様にして、がばっと火神の方に向き直った黄瀬が喚き始める。

「火神っち〜!!俺も!俺もして欲しいっス!!」

「はぁっ!?何言ってんだ!毒されてんじゃねえ!!」

さっきまで自分から抱き着いて抱えていたくせに、火神は真っ赤な顔をしてやだやだと強請る黄瀬の体をぐいぐい押し返している。
だけれどそんな事でこの犬っころがめげるはずもなく、シャクシャクと各々自分の分のアイスを齧りながら興味深げに二人を観察している青峰と黒子の視線を尻目に、アイスを押し付けながら迫っていた。
いつの間にか黄瀬が火神に乗り上げる形で逆転していた体勢に、火神はその顔を押し退けながらぎゃあぎゃあと言い合いを続けている。

「面白ぇよな」

「面白いですね」

いつの間にか黒子を背後から抱えて旋毛に顎を乗せる体勢に落ち着いていた青峰がそう言えば、黒子がそれに同意をする。

「火神っちのヘタレー!!」

「うっせぇ!俺は自分で食うんだよ!!」

そう言ってなんとか黄瀬の下から抜け出すと、押し付けられていたアイスを奪って齧り付いてしまった。
そんな火神を見てぶすっとモデルも台無しな顔で拗ねていた黄瀬の体がくんっと引かれて、後頭部を火神の手に捕えられる。
そしてそのまま押し付けられる様にして合わさった唇から移される冷たくて甘い塊に、黄瀬はぱちくりと一つ瞬きをした後で火神に飛び付いた。

「火神っちー!!」

「うぉいってぇ!!」

細身とは言え190近い男に思い切りタックルをかまされて火神は思い切り潰された。

「おお」

「火神くん、やりますね」

そんなやり取りを眺めながら齧っていたアイスはもうすっかり食べ終わってしまって、改めて自分たちのこの状態を客観的に見た黒子がどこか困った様なくすぐったい様な表情を浮かべた。
大の男が、ましてや四人の内三人が190と言うガタイで炎天下の中じゃれあっている様はいかがなものかと、急に居た堪れなくなってしまう。

「僕たち何やってるんでしょうね」

「ふはっ、違いねぇ」

そんな冷静な黒子の言葉に、青峰はスティックを咥えたままくっと喉で笑った。

「あぁー…バスケやったら腹減ったな。火神んちで飯食おぜ、なんか作れ」

青峰は咥えたままのスティックを上下に振りながら不遜な態度で火神を見下ろす。

「オォイ!おめぇは今アイス食っただろうが!」

「足しになるわけねぇだろ、んなもん水だ水」

「え、僕今これで結構満足してるんですけど」

「馬っ鹿テツはもっと食え!」

「俺も火神っちのご飯食べたいっス!みんなで買い物して帰ればいいじゃないっスか!」

未だ自分に抱き着きながらキラキラとした目で見上げて来る黄瀬に、火神はぐっと言葉に詰まる。
なんだかんだで恋人のそれには弱いのだと知っている青峰と黒子は、黄瀬にもっと強請らせる様な空気を醸し出してもう押し掛ける気は満々だ。
どう足掻こうが結局火神が折れるのだから、こんなやり取りはもう何度目か。

「…だぁーくそっ!お前らが荷物持ちしろよ!」

「はいっス!」

「うぇ、面倒クセェー…」

「善処します」

全く手伝う気配の無い二人の返事にピクッとこめかみを引き攣らせながらも、先に風呂準備しねぇとだとか、冷蔵庫の中身だとかそれぞれの嫌いなものだとかを頭が勝手に整理し始める。
なんだかんだ言ってもいつだって最後はこの三人の我儘を聞いてしまうのだから、火神はそんな己を少々情けなく思いながらいつも以上に大量に作らされる事になるであろう今晩の献立を考え始めていた。






― END ―


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