(最近…拳西さんと阿近さんの仲がいい…ような気がする…)



三人揃って仲良く昼近くまで寝過ごしてしまった休日のブランチの準備を、拳西は一人キッチンに立って手際良く進めていた。
きめ細かく混ぜ合わされた卵とミルクに、厚切りのバゲットがするりと滑り込む。
ハムとチーズを挟んで黄色く色付けされたパンがフライパンの上でジュージューと良い音を立てているそれは、修兵リクエストの拳西お手製クロックムッシュだ。
三人分の朝食兼昼食が美味しそうに焼かれて行くのを横目に、修兵はカウンター越しからチラチラと目の前の光景を眺めながらぼんやりと冒頭のそれを思っていた。
現に今も、キッチンに立つ拳西の横に貼り付く様にして阿近が時折ちょっかいを出しながら、自分では絶対に手をつけない”料理”を面白げに眺めている。
少し前までは専ら”食べるだけ”で、出来上がって綺麗に並べられるまではキッチンに寄り付きもしなかったにも関わらず、近頃はこんな光景を良く目にしている気がするのだ。
阿近の気紛れは今に始まった事では無いし、それこそ拳西へのちょっかいも良く見る光景なのだけれど。
何かが違う…と、修兵は頭の隅っこに居座ってどうしても出て行かない違和感のそもそもの切っ掛けを思い出していた。

(あれだ…絶対あの時からだ…多分だけど…)

ぼんやりとしながら百面相を展開している修兵の顔を阿近が面白そうにニヤニヤと眺めているのにも気付かず、ぐるぐると頭を回転させて記憶を遡らせる。

”二人のキスが見たい”

だなどと、雰囲気に飲まれていたとは言えあんな事を好奇心とほんの少しの下心で強請ってしまってからかもしれない。
あれを切っ掛けにして妙に拳西と阿近の間に艶っぽい空気を時折感じる様になってしまった。
自分が意識をし過ぎているからそう見えてしまうだけなのかも知れないが、あれだけ口喧嘩もしょっちゅう拳西の拳骨が繰り出される事も見慣れた光景だったのにも関わらず、だ。
今でこそ些細な事で変わらず張り合っているし拳骨だって時たま飛び出すけれど、なんだか少し、聞いてみたい様な、聞かない方が良い様なそんなもどかしさをなかなか拭えずにいる。

(拳西さんと阿近さんって…二人でしたことあったりするのかな…)

そんな突拍子もない疑問をもやもやと持て余しつつ、修兵は頭の中で逞しい想像力が弾け出してしまって盛大に戸惑った。

(いやいや無い無い有り得ない…!!!)

二人とずっと一緒に居る上甘やかされている自覚がある故にそう思ってはいても、阿近は潔癖そうに見えて存外快楽主義な所があるし、拳西だって案外その辺りの許容範囲は広い…様な気がするのだ。
羞恥に顔を覆った指の隙間から覗き見てしまいたくなる様なイケナイ光景とそれに自分が巻き込まれてしまいそうなあられもない妄想に、手にしていたカップをツルッと取り落としそうになって修兵はあわあわとそれをキャッチした。
中身をぶち撒けずに済んだと安堵したのも束の間、ほっとして顔を上げた修兵の目に飛び込んで来た光景。
フライパンを返しながら余ったハムの切れ端を口に咥えた拳西のそれに、すかさず阿近の唇が重なってぱくっとそのハムを拳西の口から奪ってしまった。
思い切り迷惑そうに眉を顰める拳西の渋い表情とは裏腹に、阿近はザマァミロとでも言わんばかりに不敵に唇の端を吊り上げている。

「んな…っ!!」

ハムを奪われた拳西当人よりも驚いた奇声が修兵の口から上がった。
握り締めていたカップをガツンッとテーブルに置いて、修兵は赤い顔で思わずと言った風に阿近の顔を指差した。

「ああ阿近さ…!!い、今…!!!」

「なんだ、お前も食いたかったのか」

「違うわ!!」

見当違いな事を飄々と言ってのける阿近に修兵がビシリと突っ込みを入れる。
そんな修兵の慌てようも気に留めず、阿近はもう一枚の切れ端を手に取ってそれを修兵の口元へぐいっと押し付けた。

「んぅ!?」

驚いて反射的にそれを咥えた修兵の唇から、拳西にしたのと同じ様に阿近が再び奪い去る。

「っ!!」

軽いリップ音を立てられたかと思った次の瞬間にはもう阿近の顔は離れていて、見ればもぐもぐと口を動かしてすっかり飲み込んでしまってからべっと舌を出されて何処か意味深な笑みを向けられた。
そんな阿近の頭上へ、ゴンッと鈍い音を立てて拳西の拳骨が落とされる。

「イッテェな!!」

「食い物で遊ぶんじゃねぇ」

まるで子が親に躾けられてでもいるかの様な光景を眺めながら、修兵はなんだかしてやられた悔しさを覚えてブスッとした仏頂面を作っていた。

(くっそー…絶対遊ばれてる…)

百面相の次は臍を曲げてしまった修兵の表情を見ながら、拳西と阿近は胸中で同じ感想を呟いた。


((面白ぇヤツ…))
















拳西の作ってくれたブランチを食べ終えて、特別何をするでもなくただ三人一緒にダラダラとリビングで過ごすこんな時間が修兵は好きだ。
テレビやらDVDやらをなんとなく流しながら、何もない休日らしく暇を持て余す。
ただ、今日はいつものそれと少し状況が異なっていた。
修兵はいつもの様にソファーへ腰掛ける事をせず、床に敷かれたラグの上で腹這いになりながらクッションに頭を預けてぼんやりと液晶を眺めている。
チラリと横目で見遣ったソファーの上には、拳西と阿近が二人並んで座っていた。
コーヒーを片手にリモコンを操作する拳西の肩へ、阿近が背を預ける様にして凭れながら本を読んでいる。
いつもならば二人の間に挟まれて自分が座っている筈なのに、有り得ない程珍しい癖に余りに自然なその光景に割り入る隙間が見当たらなくて修兵は悶々とした物足りなさを燻らせていた。
ふと、阿近がローテーブルの上に置いていた自分のカップに手を伸ばして、チラッと修兵へ視線をやる。
目が合ったにも関わらず一瞥されただけでフイッとそのまま逸らされてしまって、修兵の胸中でぐるぐるとしていた小さな嫉妬心がぶわりとその大きさを増した。
眉を寄せてムッとした表情のまま起き上がり、二人の前まで歩み寄ると拳西の肩と阿近の背中をべりりと引き剥がしながら出来た隙間に腰を下ろしてばふっと背凭れに身を預ける。
無関心を装いながら始終修兵の様子を観察していた拳西が、思わずふっと吹き出しそうになって肩が揺れてしまうのを必死で堪えた。
阿近は阿近で、ニヤけた顔を隠そうともしない。

「なんだ」

「どうした」

至極冷静に掛けられた二人の声に、修兵は行動に出たもののその先を考えていなかったせいでどうしたものかと固まったまま口を噤んでしまった。
数秒流れた沈黙の末、ぼそりと呟かれた修兵の声が二人の耳に届く。

「あの…俺も構ってください…」

そう口にしてしまってからはたと気づいてすぐに冗談だと立ち上がろうとする修兵の腕を、双方から二人がガッチリと掴んで引き留めた。

「え…?」

何と思ったのも束の間、ぐっと右へ引かれた腕に体が傾ぐ。
あっと言う間に視界が反転して、修兵は拳西に後ろから羽交い絞めにされている様な体勢で目の前に迫っている阿近の顔を見上げた。

「仕方ねぇなぁ」

すぐ耳元でする拳西の低い声に心臓が跳ねる。

「いつもの倍構ってやりゃあ満足か?」

拳西へ続く様にして言われた阿近の台詞に、修兵の心臓が今度はまた別の意味で跳ね上がった。

「な、なに…なんの話してんの!?」

「なにって…、」

「ナニだろ…?」

冗談じゃない、二人の言う”いつもの倍”がどれだけとんでもないか、修兵は瞬時に察して己の行動と発言を全力で撤回したくなった。
これでは構って貰うどころか構い倒された挙句の結果は目に見えている。
修兵は拳西にしっかりとホールドされて阿近に圧し掛かられながら、じたばたと身じろいで無駄な抵抗を繰り返した。

「ちょ、待て待て…っ!!ストップ!!今のナシ!!」

「今更何言ってんだ」

「物欲しそうな面しやがって」

「違っ、してない!!いやだぁぁあぁっ!!!」


((分かりやすいヤツ…))













「ぅ……、ん…っ」

持ち上げようとした瞼が重い。
修兵はふっと覚醒した意識にぼんやりと薄目で己の置かれている状況を確認した。
寝返りを打とうとしても腫れぼったくなってしまった瞼と同じ様な重怠さが腰の辺りを襲い、上げかけた頭を再びぼすっと枕へ沈ませる。
そうでなくても両側から拳西と阿近の腕がしっかりと絡み付いていて、どちらにしろ身動きを取る事は難しそうだった。
あれからソファーの上で散々に構われた挙句、寝室に引き摺り込まれてからも二倍どころか三倍四倍の体力を使わされた様な気がする。
今すぐにでも叩き起こして説教の一つでもしてやりたいとは思うものの、当然そんな体力と気力は一ミリ足りとて残っていない。
それに、修兵を取り合う様にして腕を絡み付けている二人の寝顔をぼんやりと眺めているとそんな気持ちもすっかり削がれてしまって、寧ろそんな拳西と阿近の間に挟まれているとなんだか可笑しくなってしまう。
なんだかんだで結局いつもこの二人に絆されてしまっている自覚のある自分に苦笑いを漏らしながらも、もうあんな見当違いなやきもちは二度と焼くまいと、修兵は再び落ちかけて行く意識の中でそれだけははっきりと心に決めていた。



― END ―


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