「六車先生!」

「おう」

あれから午後の授業に戻った修兵は、HRが終わるや否や廊下へ出ていこうとする拳西の背を追って呼び止めた。

「怪我の具合はどうだ?」

「擦り傷なんで全然大したことないです。あの、ありがとうございました、今朝はまともにお礼も言えなくて・・・」

「気にすんな、無事で良かった。えぇと・・・檜佐木修兵か?」

軽く肩を竦めて見せた拳西は、手にしていた出席簿のファイルを開いて修兵の欄をざっと眺めた。
恐らく新任教師用として初めに手渡される生徒一覧だろう。
クラス一人一人の成績や素行履歴等の簡易的なデータが記されている筈だ。
修兵は既に見慣れているそれに、過去に繰り返されてきたやり取りを予想して拳西の視線に僅かに身構える。

「いい名前じゃねぇか。んな辛気臭ぇ面すんな、俺は気にしてねぇよ、助かったんだからもっと喜べ」

そう言って修兵の頭をぐしゃりと掻き回す。
そのままひらひらと手を振り教室を後にする拳西を、修兵は何ともむず痒い面持ちで見送っていた。

「・・・兵!修兵!」

ぐいと後ろから腕を捕まれて我に返る。

「んあ?あぁ、黒崎か」

思い切り修兵の腕を掴んで引き寄せたオレンジ髪の眉間の皺が、いつもに増して寄っている。

「さっきから何回も呼んでんだぜ、聞けっつーの」

「あ?悪ぃ」

「檜佐木さん!一護!帰んぞ」

明から様に拗ねている一護の背後から、恋次がその長身をぬっと現した。
廊下の先を促す恋次に、修兵は一護に捕まれた腕をそのままに歯切れ悪く口籠もる。

「どうした、修兵?」

「いや・・・、あの人、何も言わなかった」

修兵が身構えた先、拳西から放たれた言葉は全くの予想外で、今までに無かった経験に戸惑いを通り越して呆気に取られてしまった。
修兵には留年の履歴がある、つまり二学年は二回目だ。
理由はどうあれ、新しく教科担当やクラス担任になる教師にはその素行履歴だけを注視され、一言目には決まって嫌味や牽制を言われ続けて来た。
今更どんな嫌味を言われようが、どうこう言い返す気もいちいち気に咎める事も無い。
けれどその度に覚える不快感や、どことなく隅に追いやっていた疎外感にチクリと針を刺される様な気持ちが少しでもある事は否めなかった。
拳西はそれらに触れる事なく、それどころか強面には似つかわしくない屈託の無い笑顔を返した上に自分の名前を褒めさえしたのだ。
人間免疫の無い事態に陥ると一時的に反応が酷く鈍重になる、今の修兵がまさにそれだった。

「ほら、お前ら何突っ立ってんだ、帰るぞ!」

どうにも今朝から機嫌の悪いらしい恋次にもう片方の腕を引かれて、文句を垂れる一護共々もつれる様にして歩き出した。



* * * * *



(オイ恋次、てめぇのその凶悪な面はなんだ)
(あんだと?)
(いやこの際てめぇの面はいい、修兵だ!なんだあの惚けた顔!上の空じゃねぇか!)
(俺に聞くんじゃねぇよ!俺だって聞きてぇよ!)
(修兵に彼女がいた時だってあんな顔見た事ねぇぞ、あんなん聞いてねぇぞ!あの人自分で分かってんのか!?)
(だから俺に言うなっつってんだろうが!分かってねぇだろうよ檜佐木さんあの面で鈍いんだよだから俺達も苦労してんじゃねぇか!)
(んなの分かってんだよ言うな畜生!)

「おい、どうしたなんか言ったか?」

「「いえ、何も・・・」」

帰る前に医務室に寄ると言い出した修兵の後をついて歩きながら、一護と恋次がその背後でいがみ合っている。
当の修兵は気に留める事もなく、そのまま医務室へ入って行った。

「阿近さーん」

「おう。なんだ、阿散井と黒崎も一緒かよ」

「失礼します・・・」

「居ちゃ悪いっすか・・・」

修兵はそのまま阿近の横を通り過ぎ、一番隅に配置されているベッドの下を覗き込むと両腕に抱えられる程の大きさのダンボールを引っ張り出した。

「おーいたいた」

「おい修兵、その前に包帯替えさせろ」

んーと気のない返事をしながらその中身を懐へ納め、そのままくるりと三人の方を振り返った。

「うお、猫!?」

「あ、今朝の」

「おう、可愛いだろ?」

振り返った修平の腕の中で、黒い小さな塊がピクリと両耳を震わせながら一護と恋次の二人へ落ち着き無く交互に視線をさまよわせていた。


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