「んぅ…も、しつこい…っ!」

いくら大きめのサイズと言えど、一つのベッドで折り重なる様にして男が三人も体重を掛ければスプリングがそれなりの悲鳴を上げる。
ギシギシと軋んだ音が耳障りに届くものの、今の修兵の耳にはそんな雑音を拾う余裕などとうに失せていた。
仰向けに寝そべる拳西の胸の上で腹這いに身を重ねている修兵の背中や項へ、阿近が飽きもせず散々に舌を這わせたり甘噛みを繰り返している。
骨格の形を確かめる様に舐め上げて仕上げとばかりに肩口へ噛み付けば、綺麗に肩甲骨の浮き出た修兵の背が弓なりに反った。
自分の上で身を捩らせる修兵の喉元へ拳西が掌を這わせると、ぴくんと肩を揺らせてくっと喉が鳴る。

「っ…」

「猫みてぇ」

「ああ」

「猫って…」

荒い息を吐きながら二人の会話を聞いていた修兵が不満そうな声を上げる。
どうやら二人の例えに納得が行かないらしい。

「黒猫だ」

「因みに、家猫な」

「え…」

しなやかで柔らかな関節に艶やかな黒毛、甘えて喉を鳴らして追えば逃げて逃げれば擦り寄って。
気紛れで甘えたな黒猫のイメージと修兵が、拳西と阿近の中でぴったりと重なった。

「じゃあ…拳西さんはボス猫ですかね…」

「ヘタレのな」

「おい、ヘタレは余計だ」

「おーよしよし鳴いてみ?」

心外だとばかりに眉根を寄せる拳西の顎を、阿近が修兵越しに手を伸ばして撫でて見せた。
まさに猫をいじる時のそれで、阿近の悪ふざけにあからさまに嫌な顔をする。

「やめろ気持ち悪ぃ」

「ぶはっ」

阿近に顎を撫でられながら憮然とした顔で鳥肌を立てる拳西に、修兵が思わず吹き出した。

「そういうのはコイツの役目だろうが」

阿近の手を払い除けながら、拳西は未だ笑っている修兵の喉元を再び撫でた。
くすぐられている様なこそばゆい感覚に首を竦ませる。

「まぁな…なぁ、猫真似してみ?」

「真似って言われても…」

阿近に言われて少し考えた修兵が、おもむろに拳西の首元へ顔を埋めて鎖骨の辺りへちろりと舌を這わせ始めた。

「…こんな?」

与えられたミルクを舐め取る様な修兵の仕草に、阿近の口端が満足気に吊り上る。

「修…、悪乗りすっと後ろのが調子乗るぞ…」

「あ…」

「今度尻尾でも付けるか?」

「ひっ」

するりと、阿近の手が修兵の腰元へ降りて、そのまま柔らかな曲線を描く尻へ掌を這わせて撫で上げた。
びくりと反応を示した背。
逃れる様にくっと伸び上がる仕草はまるで猫そのもので。

「黒い尻尾付きのバイ」

「いらないっ!変態!」

修兵は未だ尻を撫で続ける阿近の言葉をぴしゃりと遮った。

「誉め言葉だな」

「…、阿近さんが猫だったら絶対性悪のヒネクレた野良だ」

「血統書付きのボンベイ辺りだろ」

「嘘つけ…」

軽口を叩きながらも悪戯を仕掛ける事を止めない阿近の手から逃げるのにも疲れてしまって、修兵は諦めた様に気怠さの残る体をぐったりと拳西の胸元へ預けた。
そのまま額を擦り付ける様にして甘える。
言っているそばから猫さながらの行動をする修兵に、拳西が可笑しそうに短く笑った。

「俺あの猫が好きです、真っ黒で足だけ白いやつ…なんだっけ」

「靴下猫か?」

「そう!それ!」

「なんだお前、靴下プレイがしたかったのか、マニアックな奴め」

「違っ!…阿近さん発想が全部変態クサい」

「それは目の前で鼻血出してるムッツリに言え」

「出してねぇよ!」

阿近の失礼極まりない発言に拳西が噛み付く。
鼻血こそ出してはいないものの、一瞬でも想像をして鼻の下を伸ばし掛けたのだから、阿近の台詞を全て否定出来ないのが情けない所だ。

「あの…俺そろそろ眠い…」

「ああ、悪いな」

もう半分意識を飛ばしかけた修兵の声音に、拳西が体勢を整えてやろうと上体を起こす。
それにならう所か阿近が更に体重を掛けて押し戻した。

「うぇ…」

「おい、動けねぇだろうが」

「一声鳴いたら離してやるよ」

「……」

常ならば絶対に嫌だと首を振るのだけれど、眠気に抗えない頭は簡単に負けてしまって、


「んー……にゃぁん…?」


「「!!」」

修兵の口からとろりと零れ出た鳴き声の破壊力に、予想外のダメージを受けた二人の顔がピシリと固まる。


((こいつは駄目だろ…!))


たった一声で見事にぷっつりと理性をブチ切った二人の頬に、眠りを妨げられて機嫌を損ねた黒猫に反撃された引っ掻き傷が、くっきりと三日間貼り付いていた。



― END ―


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