「う゛ぅ〜さっっっみぃ〜…」

「おい…そこどけ」





腹の底から深々と冷え込む冬の教室。
いつもならば全館冷暖房完備で適度に室温調整されている筈の空間が、今日はやたらと真冬の寒さを湛えていた。

本日朝一番、刺す様な外気から逃げ込む様にして登校をして来た修兵達がまず目にしたのは、玄関前に張り出されていた一枚の張り紙だ。

『校内の電気系統を制御している基盤の老朽化により、修繕まで全館の暖房を停止します』

そのたった一行に一日分のやる気を一瞬にして奪われた駄目な生徒達の唯一の救世主として、各教室に一台ずつ、大型のハロゲンヒーターが据え付けられていた。


そして冒頭に至る。


「う゛ぅ〜さっっっみぃ〜…」

「おい…そこどけ」

いくら大型のものとは言えど所詮はハロゲンヒーター。
温風が出るわけでもないそれは、ある程度の距離まで近付かなければ大した暖も取れない訳で。
その目の前に人一人が陣取るだけで、暖を取る手段を奪われた周囲は大きな迷惑を被る。
一護はその迷惑の元凶をげしげしと蹴り付けながら、ハロゲンにも劣らない派手な赤い髪を引っ張っていた。

「うおっ、イッテェ!痛っ!なにすんだテメェ!!」

「それはこっちの台詞だ馬鹿恋次、てめぇがんな所に貼り付いてっから寒ぃだろうが!!」

午前の授業が終わるや否や、恋次はずるずると椅子を引き摺ってそのデカイ図体をヒーターの前で縮こまらせていた。
周囲の冷たい様な恨めしい様な視線も気にせず、元より寒さの苦手なこの大型犬にとって己の適温を求める事が最優先だ。

「寒ぃの駄目なんだよ!」

「この見かけ倒しの軟弱野郎め、いいからそこ代われ、心頭滅却しろ!」

「……、…」

ぎゃいぎゃいと大人げない喧嘩を繰り広げる二人を呆れた様に眺めていた修兵が、暫し何かを考えた末すっと立ち上がった。
そのままつつつと二人に歩み寄り、赤と橙を引っ張り合っている恋次と一護を真ん中からべりりと引き剥がす。

「ちょっと失礼」

顔を掴まれてぐぇと潰れた様な声を上げる恋次の膝の上へ、そのまますとんと腰を下ろしてしまった。

「!!!?」

「おぉぉおいっ!!」

突然膝の上に降りて来た温もりにカチンと固まる恋次に対し、一護はなんとも羨ましい光景に眉間の皺を三割増しにして大騒ぎだ。
当の修兵はと言えば、何の気もない顔でハロゲンヒーターに向き直り、人の膝を借りながら手にしていた紙パックのコーヒー牛乳をずるずると呑気に啜っている。
お目当ての暖を手に入れてご満悦だ。

「あ゛ぁー…あったけぇー…」

なんとも年寄じみた声を出しながら腰を落ち着けている修兵の背後で、恋次は堪える様にして拳をぷるぷると握り締めた。

(あったけえっす寧ろ先輩の尻があったけえっすっつーか耐えろ!耐えてくれ俺のきかん坊…!!)

そんな恋次の不埒な心情を察して、一護がその顔面へスコーンと上履きを投げ付けた。

「イテェなおい!!」

「うっせ、俺ばっか寒ぃじゃねぇか!」

「おう、乗るか?」

尻餅をついたままじっとりと見上げて来る一護に、修兵はぽんぽんと己の膝を掌で叩いて見せた。
恋次の膝に乗っている修兵の膝の上、と言う状況が少々不満だが、”修兵の膝”だと言う事に変わりはない。
なんともオイシイ誘いに乗ろうと威勢良く立ち上がりかけた瞬間、背中にずっしりと圧し掛かる圧力。

「ぐお…っ」

背後から現れた黒刀が一護に長い腕を巻き付けながら長身の全体重を預けていた。

「さっみぃよなぁー今日、勘弁してくれっつーんだよ」

「重てぇっ!お前が勘弁…っ!」

「お前いっつも突然現れんのな…」

間延びした声を出しながら一護の背中で落ち着いている黒刀に、ずずずっとパックの中身を飲み切った修兵が呆れた声を上げる。

「いやぁーあんまりにも寒ぃから子供体温思い出しちまってよぉ」

言いながら、暖を取る様にしてじたばたと暴れる一護により一層巻き付いた。
目の前のハロゲンヒーターよりも暖を取れそうな色をしたたんぽぽ頭をわしゃわしゃと撫で回す。

「ガキじゃねぇ!!離れろ!!」

「寒い時には人肌が一番って言うじゃねぇか、ってな訳で借りてくぜぇ人間湯たんぽ」

「人の話聞けぇー!!」

暴れながら渾身の罵声を浴びせる一護に構わず、黒刀は引き摺る様にして教室の外へと一護を浚っていった。
いつもの如く、ぎゃあぎゃあと言い合う二人の声が廊下へ木霊しながらフェードアウトしていく。




「おいっ!俺の上履きがっ!!」

「おう、なんだ、おぶってやろうかよしよし」

「なんでそうなるっ!!?」

「へいへいしょうがねぇなぁー」

「ちょ、やめろぉぉおーー!!」




「やっぱりあいつら仲良いなー」

空になった紙パックでぺこぺこと遊びながら、修兵は恋次を背凭れ代わりにしてぐてっと仰け反った。

「あぁー…あったけー…」

(あったけぇっす…!このまま暖房壊れててくれねぇかな…!)

己の膝から込み上げる邪な衝動に耐えながら、恋次は片手で鼻を押さえつつだらしのない顔で天井を仰いだ。





― 終わる ―



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