2011.12/25
拳修小話
現世にて

















冬の風に晒されて、外気に触れている耳や鼻先がピリリとした痺れを訴える。
そう言えば、この週末の数日間は例年に無い程の寒波に見舞われるのだと、テレビの中の気象予報士が報せていたのを思い出す。
どれ程の物かと思っていたけれど、想像していたよりも冷たく吹き付ける風に、修兵は赤くなり掛けてじんじんとしている鼻先の感覚を確かめる様にして少し擦った。

「結構冷えるな」

「そうですね…」

隣を歩く拳西は、この冬の盛りにカットソー一枚にダウンを着込んだだけの装いで、見ているこちらが心配になってしまう程の薄着だった。
寒くないか、風邪でもひいたら、等と気を揉む修兵の言葉に、代謝が違うのだからこれで良いのだと至極あっさりと返されてしまった。
そう言う修兵と言えば、いつかの様にぐるぐる巻きにされたマフラーに顔を半分埋められている。
平子のクローゼットやら何やらから引っ張り出されたニットやコートをあれよあれよと着せられて、日頃余りしない程の厚着をさせられていた。

(俺だってそれなりに鍛えてるんだけどな…)

それに、日頃袖無しの死覇装なんぞを着ているのだから基本的には薄着なのだ。
だけれど、マフラーから微かに鼻腔を擽る拳西の匂いと、申し訳無い程甘やかされている様なこの状況は手放し難かった。


”せっかくなんやからイルミネーションでも見せに行ったれ”


そんな平子の提案に、珍しく二つ返事で素直に頷いた拳西が修兵を連れ出して暫し。
行き先を告げられぬまま、”いるみねーしょん”と言う耳慣れない単語だけを頭の中で反芻しながら拳西の隣を歩く。
目的地は確かに気になるけれど、こうして二人きりでゆっくりと夜道を歩ける機会はそう多くは無いのだ。
胸の内に少しの期待を秘めながら、修兵は束の間与えられた夜の散歩を楽しんだ。







「ああ、この辺りか。もう少しで着くぞ」


そう言って辺りを見渡す拳西に倣えば、ぽつぽつと街燈だけが灯っていただけの夜道とは少しずつ様相が違って来ているのが見て取れた。
大通りに面して植えられた木々に小さくて暖かな色の照明が均等に装飾されていて、それが明滅しながらどこまでも続いてる。
深い色の闇夜にぼんやりと輪郭を与える様な白金の光。
新鮮な様な、それでいて何処か懐かしい事を思い出させる様な光景に修兵はほぅっと白い息を吐いた。

「綺麗ですね…」

思わずと言った風に呟いた修兵に、拳西はニッと口端を吊り上げて見せた。

「まだまだ、こんなもんじゃねぇぞ?」

それが何なのかを訊ねようとした修兵の視界に、ぱっと光の群が飛び込んで来た。
通りから逸れた角を曲がった先に伸びる緩やかな坂道。
その坂道の両端を埋める様に犇めく街路樹が、さっき見たものとは比べ物にならない程の光を纏って夜風に揺られている。
月明りさえも遮って、夜道へ光の影を落とす様にしながらキラキラと揺らめく白金の大群に、修兵は目を見開いた。
坂の天辺に立ち尽くして、眼下に広がる吸い込まれてしまいそうな光景に目を奪われる。

「凄い…!」

思わず声を上げた修兵が、木々の明りに劣らない程目をキラキラと輝かせて拳西を見上げた。
興奮のせいか寒さのせいか、心なしか頬が紅潮している。
幼少期を思い出させる様な、そんな邪気の無い修兵の表情に自然拳西の口元が緩んだ。

「ほら、歩くぞ」

そっと背を押す様に修兵を促して、ゆっくりと坂道を下って行く。
自分達を包む幻想的な景色に目を奪われている修兵の左手へ、拳西はさり気ない仕草で己の右手を重ねた。
ぴくりと反応を示した左手を、ぎゅっと掴んで繋いでしまう。

「け、拳西さん…!」

途端人に見られはしないかと狼狽える修兵に、拳西はまるで気にした様子も見せない。

「大丈夫だ、今日は誰も周りの事なんざ気にしてる奴はいねぇよ」

そう言われて辺りを見渡した修兵は、驚いたのと同時、拳西の言う通りかもしれないと妙に納得をしてしまった。
周りを歩くのは殆どがカップルばかりで、銘々この光景に見惚れながら互いの時を過ごす事に夢中なのだろう。
確かに、こちらの事など気にしている暇は無さそうだ。
何やら余りにも日常とは掛け離れた光景に、修兵は不思議そうに首を傾げた。

「何かのお祭りなんですか…?」

「いや、クリスマスって言うんだと。こっちじゃ家族や恋人や、誰か大切な相手と過ごす慣習があるんだそうだ」

―こんな風にな。

そう言って、拳西は繋いだままの修兵の左手をくいっと上げて見せた。
嬉しいやら恥ずかしいやらで、修兵は落ち着きなく視線を泳がせる。

「あそこまで行くぞ」

指差した先には、”クリスマスツリー”と呼ばれる一際大きく豪華に装飾された木がぼんやりとその輪郭を主張していた。
拳西が聞き齧った現世のクリスマスの話を聞いたり、取り留めの無い話をしながら歩く。
本来、”神の子が、人となって生まれた事”を祝う祭日なのだそうだ。
自分達の様な存在が現世でそんなイベントに参加している事が妙にシュールな事の様に思えて、互いに笑ってしまった。
環境や様々な事情が複雑に折り重なって、お互いの間を隔てる距離にいつももどかしさを感じるけれど、こうなっていなければ拳西とこうして一つ一つ新鮮な思い出を作る事など出来なかったのだ。
それを思えば、なかなかこうして二人でゆっくりと過ごす機会を設けられない現状も、決して苦ではないのだと思える。

自分よりも少し体温の高い拳西の手を握りながら歩を進めた。
辿り着いた最終地点の光量に、修兵は息を呑んで見上げる。

身長の倍以上もある巨大なモミの木に煌びやかなオーナメントが所狭しと飾られて、それを沢山のイルミネーションが囲いながら辺りへ光を撒いている。
木の天辺で星を模したものか雪の結晶を模したものか一際大きな明りが煌めいていて、そこから無数の光が降り注いでいる様だった。

ふっと、その光景を見上げた修兵の脳裏に遠い記憶がフラッシュバックする。

幼い手を引かれて、今の様に拳西に夜道を連れられて歩いていた。
あの時修兵の目に飛び込んで来たのは、河原で無数に飛び交い白い光を放つ蛍の大群だ。
季節も違えばこんな人工的な豪華さも無かったけれど、修兵の胸の内に宿った温かさと驚きはあの頃と全く同じものだった。
ついさっき不意に感じた懐かしさはこれだったのだ。
急に鮮明に蘇った過去の思い出に、修兵は胸の奥深くの何処かをきゅうっと掴まれた様な切なくて幸せな感覚に拳西の手を握る力を強くした。
それに気付いた拳西が、修兵を穏やかに見下ろしながら表情を緩ませる。

「一緒に見に来られて良かった」

あの頃と変わらない台詞を言われて、修兵は一つ大きく頷いた。
ふと、周囲に視線を向けた修兵の目がある一点を捉えて「あ、」と短く声を上げる。
見れば、数組のカップルが周りの人目も気にせず口付けを交わしている瞬間だった。
同時にその光景を目にした拳西の唇の端がにやりと上げられて、走った嫌な予感に修兵は少し身を引きながらぶんぶんと首を振った。

「なんだよ、良いじゃねぇか」

「だ、駄目です…っ、絶対駄目ですから!」

そう言われて拳西は詰まらなそうに眉間に皺を寄せると、少し何かを考えて繋いでいた修兵の左手を持ち上げた。
周囲から隠す様に、コンマ数秒、冷たくなった手の甲へ小さく落とされたキス。
途端、ぼんっと音がしそうな程に修兵の顔が茹で上がる。
拳西は時折こんな風に、分かっていて気障だとすら思われる様な事をやってのけるのだ。
その度に修兵は寿命が縮まる程早鐘を打つ心臓と闘いながら、いつも平静を装おうとして失敗してしまう。

「駄目って言ったのに…」

ぐったりと俯きながらぼそりと小さく文句を呟いた修兵の表情に、拳西がおかしそうに笑った。

「なぁ、修兵」

不意に笑い声を収めて呼ばれた名に顔を上げた刹那。
修兵の口元を埋めているマフラーを指先で少しだけ下げて、拳西は素早くその唇を掠め取った。

「誰も気にしちゃいねぇって言っただろ?」

呆気に取られる修兵の視界一杯、してやったりと、満足気な表情を浮かべる拳西のアップが映る。
一瞬で離れて行った柔らかな感触。
修兵は元通りに戻されたマフラーの中へ今度こそ茹だり切ってしまった顔を埋めて、飄々としている拳西の肩の辺りをばしりと叩いた。










―I wish you a Merry Christmas!








― END ―





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