両手いっぱいに抱えた資料やら冊子やらが、歩く度にがさがさと音を立てる。
少しバランスを崩せば一気に雪崩を起こしてしまいそうな位に積み上げられた数百枚の紙の束が、修兵の両腕にずっしりと圧し掛かった。
これに端から目を通して全て捌かねばならないのかと思うと気が重い。
まるで先が見えない作業の様に思えてしまって、修兵は無意識に廊下で一人溜息を零した。
近頃どうにも仕事に身が入らない。
と言うよりは、一隊を纏める長としての自覚は十分に持っているし業務を怠っている訳では決して無いのだが、どこか意識の片隅に物足りなさを抱えながら日々を過ごす事への虚しさがどうしても勝ってしまっている。
その原因が何であるかを修兵は確りと自覚しているが故に、何とも言えない情けなさに陥っていた。

(たかがあんなガキ一人…)

そう投げ遣りに呟きつつも、修兵は茫洋と歩きながら頭の中で指折り数えた。
二週…三週…、…一月…。
少なくとももうそれ位になるだろうか。
一護から現世での長期休暇に入ると同時に家族旅行やら講習やらでこちらへなかなか来られないと言う連絡が入って以来、既にそれだけの日数が経過している。
毎日の様にこちらへ顔を出していた相手の訪問がぱたりと途絶えてしまう事は、修兵が思っていたよりも随分と寂しく感じてしまうものだった。
たったの一月だなんて、途方も無い時を過ごす死神である修兵にとっては取るに足らないゆったりとした時間経過だった筈なのに。
一護と過ごす事が当たり前になってからと言うもの、矢の様に過ぎて行く一刻一刻がとても尊い物の様に実感させられる事が格段に多くなった。
だけれどまさかそれをこんな形で実感するなどとは、如何に己があの少年に惹き込まれているか、些か悔しくも思えてしまう。
今では彼と出会う前の自分がどんな風に日々を過ごしていたか、思い出すのに少し労を要する程までになってしまった。

(くっそー…調子狂う…)

修兵は再び一人ごちて、誰の人目も無いのを良い事にもう一つ大きな溜息を吐き出した。

(こっち、早く来ねぇかな…)

一度そう思ってしまえばそんな気持ちは膨れるばかりだ。
ぼうっとしていた所為で崩れそうになってしまった冊子の束をなんとか抱え直した瞬間、びりりと背筋に感じた霊圧に再び腕の中の物を落としそうになってしまう。

「うお…っ!」

取り違える筈も無い。
苛烈で温かいあのだだ漏れの霊圧は間違いなく一護の物だ。
何とも言えないタイミングの良さに、誰に見られても聞かれてもいなかったにも関わらず修兵は廊下で一人わたわたと慌てた。
来ていたのなら連絡の一つでも寄越せば良いのに、そう思いながら、修兵は一護の霊圧を追って廊下の突き当たりにある部屋の扉へ手を掛ける。
見ればそこは廷内の総合資料室だった。

(なんでこんなとこウロウロしてんだ…)

「黒崎…?」

「お!居た居た!」

「おう、良かったじゃねぇか」

少々遠慮がちにノックをして名を呼びながら中へ入れば、居合わせた恋次に並んで久々に見る橙頭がようと片手を上げて挨拶をした。

「久しぶりだな、檜佐木さん、探しちまった」

「お前相変わらず霊圧探知半端だな」

「うるせぇ!!ほっとけ!」

そう軽口を叩き合う一護と恋次を眺めながら、修兵はとある違和感を覚えて眉を寄せた。

「黒崎、なんかお前…」

「あ!そうそう、そうなんスよ、ほら」

途切れた修兵の言葉の先を続ける様にして、恋次がぐいと一護の肩を押して修兵の目の前へと押しやった。
ぴったりと並んだ視線に、いよいよ修兵は眉を寄せて首を傾げる。
乱暴に押し出されて一護は不満の声を上げた。

「おい!何すんだ!」

「コイツ、ちょっと見ねぇ内にまたデカくなりやがって。もう檜佐木センパイとそう変わらねぇんじゃねぇ?」

「え…」

そう恋次に言われてみれば、確かにそうなのだ。
さっき覚えた違和感はまさにそれで、恐らく今の一護の身長は修兵と然程変わらない所か下手をすればこちらが少し負けてしまっているかもしれない。
ほんの一カ月前にも少し伸びている様な気配はあったが、それでもその時はまだこうして修兵と同じ高さで目線が合わさる事は無かった筈だ。
だとすればこの一月の間で更に伸びたのだろう。

「檜佐木さん…?」

悶々と考え事をしながらただ眺めて来るだけの修兵の様子を不審に思って、一護は怪訝に名を呼んだ。
一護特有の少し柔らかさを持った甘い響きを持つ声に加えて、今まで余り顕著に感じなかった独特の低さが増している様に思う。
途端、ドクリと、音がしそうな程に跳ねる心臓。

「あ…わ、悪い、ちょっと俺急用…っ!」

そう慌てた拍子に崩れてバサバサと落ちた冊子の山を気に掛ける余裕も無く、修兵は逃げる様にして瞬歩でその場から立ち去ってしまった。

「え、おい!檜佐木さん!?」

「センパイ!?」





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