普段ならばゆっくりと寛げる筈のソファーの上で、修兵はガチガチに身を固くして横たわっていた。
テレビでも点いていてくれたのならばまだ気の紛れようがあるものの、生憎それは先程拳西の手によって阻止されてしまったので叶わない。
枕にしては少々固い、だけれど心地良い体温を伝えてくる拳西の膝に頭を預けながら、修兵は視線だけでチラチラと頭上にある顔を見上げた。


事の発端は突然で。

阿近が留守にしていた為、久しぶりに二人だけで晩の食卓を囲んだ後、ソファーでいつもの様に茶を淹れて一服をしていた時だった。
拳西が不意に何の予告も無く、隣に並んで座っていた修兵を引き寄せて、そのままぽすんと、己の膝の上へ頭を乗せた。
所謂膝枕と言うものだ。
日頃自分が二人に要求されるばかりの行為を拳西に施されていると言う状況に、修兵は大いに狼狽して赤面した。
そんな修兵の緊張に拳西が気付かない筈もなく、悪戯っぽく空気だけでにやりと笑った後、宥める様にして大きな掌で髪を何度も撫でられる。
その柔らかな手つきは優しくて確かに心地は良いのだけれど、どうにも唐突過ぎる状況に修兵はなんとも言えないそわそわとした気持ちを持て余していた。

「あ、の…拳西さん…?」

「なんだ?」

急にどうかしたのかと視線で問い掛ければ、降ってくるのは変わらず悪戯気な微笑ばかり。
あからさまに照れている修兵の反応を楽しんでいるのだろう、前髪をさらりと掻き分けたり襟足を梳いてやりながらその度に肩を揺らす修兵にくつくつと喉の奥で笑っていた。

「お前、今日何の日か知ってるか?」

すっと指差された壁掛けのカレンダーは、今日が11月の22日である事を示していた。
何やら何処かで見聞きした覚えのあるものが修兵の頭を過ぎる。

(22日?22…1122…、……!)

「!!(良い夫婦…!?)」

パチンッと弾ける様にその語呂合わせを思い出した修兵の顔が一層上気する。
そう言えば、今朝眺めていたテレビからそんな単語が流れて来ていた。
街頭インタビューやら何やらで、夫婦が互いを思いやる言葉を掛け合う様子が流されていたのだ。
そんな事は見たそばから忘れてしまっていたし、ましてやまさか拳西がそんな事を意識の隅に留めていたなどとは思いもしなかった。
だけれど、この状況は明らかに甘やかされて労わられているそれで。
一見硬派に見える拳西だが、存外年中行事や記念日的な物事に対してはマメなのだ。
どちらかと言えばその辺りに関しては修兵の方が無頓着で、誕生日やクリスマスなどは別だけれど、こうして拳西に驚かされたりする事が度々あった。
がっちりとした年上の大の男に向かって言う言葉ではないのかもしれないが、そんな所はなんとも”可愛い人だなぁ”などと思わされてしまう。

「”夫婦”って…、」

そう言ってふっと笑った修兵に、拳西は片眉を上げて見せた。

「いいじゃねぇか」

段々と解れて来た緊張に、ここに居ない阿近に少し申し訳ないななどと思いつつ、修兵は拳西側へ向き直ってそれこそ甘える様にぎゅっと抱き着いた。
先程と打って変わって素直に擦り寄って来た修兵に、拳西も目尻を緩める。

拳西の膝枕など貴重なのだ。
勿論、修兵から要求をすればいつだって応じてくれる事は分かっているのだが、なかなかそうも行かないもので。
せっかく与えてくれた切っ掛けを存分に堪能しようと、ゆったりと力を抜いてその身を預ける事にした。

(拳西さんの膝固い…けど、体温高いんだよなぁ…多分筋肉量なんだろうな…。あったか…)

じんわりと、乗せた頬から伝わる体温はとても離れ難い。
だけれどその温かさに誘発される様にして、もっと全身で感じたいと言う欲求が修兵の胸の内をじわじわと埋めていた。
その欲求に従う様に、修兵は徐にもぞもぞと身体を起こして拳西に向き直る。

「…こっちがいいです」

ぐいと、拳西の腕を引いてソファーへ仰向けに身を横たえる様に促すと、修兵はそのままその逞しい胸板に抱き着いて腹這いに寝そべった。
思う通りの体温を手に入れて、厚い胸板に頬を押し当てながら修兵はほっと満足気な吐息を吐く。

「なんだ、もう飽きちまったのか?」

そう言いつつも、先と変わらずその声は楽し気だ。
それへ、修兵は首を横に振って答える。

「拳西さんあったかいから、くっつきたくなって…」

「そうかよ」

やはり喉の奥で笑いながら、拳西は修兵の腰へ片腕を回してその髪を撫で続けた。

(気持ちいい…けど、阿近さん帰って来たらどうしよ…)

そう思っていた矢先、ガチャリと、玄関の鍵が開けられる音が届いた。

「あ…」

なんとも絶妙なタイミングで帰宅をした阿近に、修兵は焦った様に短く声を上げながら拳西を見上げる。
しかし拳西は然して気にも留めていない様子で、それどころか上向いた修兵の額に口付けを落として来る始末だ。

「おい」

案の定、リビングへ足を踏み入れた先でその光景をばっちり目にした阿近が低く唸った。

「帰りっぱなナニ見せ付けてくれてんだコラ」

「なんだ、男の嫉妬は醜いぞ」

「えー…と…」

いつもの口喧嘩を始めそうな二人に押されて、修兵は困った様にへらりと苦笑いを零した。
どちらかが不在で、こうしてどちらかだけに甘やかされている時決まって小さな罪悪感を覚えてしまうのは、修兵にとってもう癖の様なものだった。
勿論、修兵のほんの少しだけ複雑なそんな胸中など、この二人は知る由もないのだが。

「いいだろ、”良い夫婦の日”くらい」

「ほう…」

帰宅して修兵の出迎えも無く見せ付けられた光景に、挙句夫婦だなどと言われてしまえば阿近にとって除け者感も甚だしくその眉がひくりと上がる。
いくら青筋を立てようとも一向に修兵を解放しようとしない拳西に、阿近はニヤリと唇の端を吊り上げた。

「俺も混ぜろ」

そう言いながらぽいぽいと荷物やら上着やらを床へ投げ捨てて、そのままドサリと、修兵の背中へ覆い被さる様にして勢い良く倒れ込んだ。

「ゔっ!」

「ぐぇ…!」

下敷きにされた二人の呻き声と共に、男三人の体重を乗せてソファーまでもがギシリと軋んだ悲鳴を上げる。

「ばっかやろ、重いだろうが!!」

「なんだ情けねぇな、その筋肉はお飾りか?」

修兵越しに拳西を覗き込んで、阿近は人の悪い笑みを向けた。

「阿近さ…苦しい…っ!」

「んー…?」

阿近と拳西に挟まれて息苦しさに抗議をするも、さらりと流されてしまう。
呻く修兵に構わず項や首元へ埋められる阿近の鼻先に、今度はくすぐったさを感じて二人の間で身を捩った。
拳西よりも幾分か低いけれど、それでも十分温かな阿近の体温が背中からも伝わって来る。
良い図体の男が三人重なってひっついている様はきっと傍から見れば異様な光景だ。
重そうにしている拳西には申し訳ないけれど、親亀子亀の様なこの体勢が急に可笑しくなって修兵はふっと吹き出す様にして笑った。
まるでサンドイッチにされてしまっているこの状況は悪くはない、どころか、少し息苦しい所を除けば案外居心地良く感じてしまう。

「…ん?」

自由の利く首だけを捩って、背中に乗る阿近を振り返ろうとした修兵の動きがぴたりと止まった。
そのまま首を傾げた修兵の眉間に皺が寄る。

「うっわ酒クサッ!!」

阿近から漂うキツめのアルコールの匂いに、修兵と拳西が思いきり眉を顰めた。

「どんだけ飲んで来やがった…この酔っ払い」

「あぁ?俺は素面だ」

酔っ払い程そう言う物だと、二人して盛大に溜息を吐く。
阿近から届く強い香りだけで酔いに中てられてしまいそうだと、修兵はなんとかその腕から逃れようと試みた。
これではさっきまでの雰囲気が台無しだ。

「ちょ、阿近さん一回退いて!重っ!」

ぐぐっとなんとか肘を立てて退かそうとするものの、軽くなるどころか益々ずっしり圧し掛かられる様な重さに潰されてしまう。

「おい、こいつ…」

べったり貼り付いた阿近の様子に嫌な予感を覚えた拳西が、顎で修兵の背中を示した。

「「寝やがった…っ!」」

折角の良い雰囲気を破壊した挙句人の背中で寝落ちをしたこの自由人をどう剥がそうか。
修兵は熟睡している酔っ払いにがっしりと抱き着かれながら、拳西の肩口へ頭を埋める様にして項垂れた。






― 終 ―





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