ポキン、ポリポリポリ…。
ガレージ内の共用スペースに妙な音が延々と響いている。
いつもの如く全員分の茶を淹れ終えて皆と同じ様に一息ついていた修兵は、何の音かとその音源をキョロキョロ見渡して探した。
見れば、それはカーペットに行儀悪く寝そべりながら漫画を読んでいる平子の口元から届いていたようで。
「真子さん、それなんですか?」
平子の口元に咥えられている棒状のものを指差す。
ぱっと見た様子で煙草かとも思ったが、煙も立っていない上に細さもどうやら違うようだ。
「これか?ポッキーやで、コッチで売っとる菓子や」
「ぽっきー…?」
先程からずっと自分だけで摘んでいるその菓子箱を、”ほれ”と修兵へ手渡した。
赤くて薄い長方形の箱に、チョコレートだろうか…、それにくるりとコーティングされた細長いクッキーの様なものの写真が印刷されている。
「へぇ、面白いですね」
「そうや修兵!”ポッキーゲーム”て知っとるか?」
何かを思い出したのか、平子が唐突に声を上げる。
「なんですかそれ?」
「オレ知ってるぜ、右の鼻から入れて左の鼻から出せた奴が勝ちなんだと」
「えぇ!?」
「アホ!くだらん事教えんなや、お前やってみぃ!!」
「ブフッ!」
修兵の代わりに適当な答えを返した羅武の顔へ、拳と共にひよ里の鋭いツッコミが入る。
「なんやぁ、知らんのか修坊〜。ほんなら…」
二人のやり取りを横目で流しながら、ニタニタと笑みを浮かべた平子が箱の中身から一本取り出し、チョコレートの巻かれている方を修兵の口へと咥えさせた。
「ん!?」
「しゃあないから教えたるわ、動くなや?折ってもうたり放したりしたら負けやで」
ポリッ・・・。
「っ!!?」
修兵の咥えているポッキーの反対側、持ち手の部分から、平子が綺麗に並んでいる自慢の前歯でポキンポキンと器用に食べ進めている。
どんどんと近付いて来る平子の顔に、ぎょっと目を見開いて修兵はカチンと固まった。
そんな光景を傍観していた面々は、傍らで青筋を浮かべながら箱を握り潰している拳西のオーラにゾッと背筋を震わせている。
(あいつアホや…)
(チャレンジャー…)
(学習能力って、ないのかな…)
そんな冷ややかな視線など知ってか知らずか、平子は上機嫌なままポリポリと順調に食べ進めていく。
(ちょ…っ!近い近い近いっ!)
あとほんの二、三口もすれば修兵の唇に到達してしまう寸での所で、
ボ キ ン ッ 。
瞬時に割って入った拳西が、平子と修兵の顔の間へ手刀を振り下ろし、平子の頭頂部へ肘鉄を喰らわせた。
「ゴフォアッ!!」
メコッと鈍い破壊音がして、顔から地面にめり込んだ。
「調子に乗るな、このハゲが!」
(あ、ウチの台詞や…)
「大体そんなもんに勝ち負けなんざねぇだろうが」
「なにすんねん痛いわボケ!!ちょっとした遊びやんか!お前はポッキーゲームの何を知っとんねん!!」
べりっと床から顔を引き剥がした平子が、がばりと顔を上げてキーキー反論をする。
「あーっ!拳西やったことあるんだー!」
「んなわけねぇだろ…」
「ほう…なんや、そうかそうか」
白の一声で、途端”拳西イジリ”を開始した毎度の二人にうんざりとした視線を投げる。
「なんや、誰としたんや、白状せい」
「おい…」
「やだー拳西の浮気者ー!!」
「…あ゛ぁー面倒くせぇ!!ガキかお前ら!!」
拳西の怒声に慣れると言う事だけは学習しているらしい白と平子が、ぎゃいぎゃいと騒ぎ続ける。
ブチン、と、元より短い堪忍袋の緒をブチ切った拳西が一つ舌打ちをした。
「おい、修兵」
そう言って、修兵の後頭部へ伸ばした手でぐいと引き寄せると、未だポッキーの端を咥えたままの唇へその先端を奪う様にして口付けた。
ちゅっと音を立てながら、溶けて修兵の唇へ付いていたチョコレートの残骸も舐め取る。
「”これ”が初めてだ」
”あ、”の形に口を開けたまま二人が固まる。
拳西は不適に鼻を鳴らしながらそんな二人を斜め上から見下ろして、ニヤリと悪戯そうな顔を修兵へ向けた。
「んな…っ!!けけ、拳…!!」
プシュウッと湯気でも立ち上りそうな勢いで顔を真っ赤にした修兵が盛大にどもる。
「拳西のムッツリスケベー!!」
「そうや!なんやいっつもいっつも水注しよって空気読まんかい!」
「ダメだよ真子、拳西学習能力ないもーん」
「…お前らに言われたくねぇよ!」
「修兵…?おーい」
固まったままぽーっとして動かない修兵の目の前で、ローズとハッチがひらひらと手を翳す。
「動きませんね…」
「駄目だよ、何かスイッチ入っちゃってるみたい」
「そうデスね…」
(拳西さんの”初めて”…”ハジメテ”…)
一方。
「なんや、修兵が”ぽっきー”言うと卑猥やな」
「「「「「なんで!?」」」」」
― END ―