ガチャリ。

風呂上りで濡れた短髪をガシガシとタオルで適当に拭いながら、上機嫌で開けた冷蔵庫の扉。
食品やら調味料やらが整然と並べられた棚を隅々まで見回して、拳西は首を傾げた。

(・・・?)

湯上りにといつも買い置きしている缶ビールの最後の一本が、どこをどう見ても見当たらない。
風呂へ入る前には確かにまだここにあったはずで。

(おかしい…)

冷蔵庫の中の物を移動させるのは自分か修兵しか居ないのだ。

「修兵、ここにあったビール知らねぇか?」

「あれ?一番手前に置いておいたんですけど…ありませんか?」

「それが見当たらね…、…?」

振り向きながら修兵に呼び掛けていた拳西の視線が一点で止まる。
リビングのソファに身を預けながら、ゆったりと寛いでいる阿近の、その右手。
今まさに自分が探していた物が握られているのを見て、ピクリと片眉を上げた。

「…オイ阿近、お前が今手に持っているものはなんだ」

「あ?あぁ、貰ったぜ」

飄々と言ってのけながら、ぐいと缶の中身を煽る。
それを見た拳西の蟀谷に、新たな青筋が一本浮き上がった。

「”貰ったぜ”じゃねぇ、それ俺んだろうが!!」

「なんだよケチケチすんな」

「お前いっつもそっち飲まねぇだろ!!」

「しょうがねぇだろ、コレしか残ってなかったんだしよ」

「だからって人のもん勝手に飲むな!」

「うるせぇなぁ、飲まれたくなきゃ名前でも書いとけ」

「お前なぁ…!!」






* * * * * 






翌日。


「…なんだ…コレは…」


早朝一番。
冷蔵庫のど真ん中に鎮座する1.5リットルのミネラルウォーターのボトルを見て固まる。

ラベルにデカデカと黒の極太油性ペンで書かれた平仮名の三文字。

「……」

半ば呆れながら、拳西はそれを見なかった事にして傍らの炭酸水の瓶に手を伸ばす。
プシュッと、弾ける様な音を立てた瓶のラベルに再び三文字。


“あこん”


「…………」


眉間に皺を寄せながら扉をそっと閉め、ドリップのインスタントコーヒーを取り出した。

(なんだってんだ…)

朝から妙な疲れを覚えながら取り出した箱のその真上。

“あこん”

「!!?」

ぺっとその箱を棚に投げ戻し、ズカズカとリビングに戻ってテーブルの上のバナナに手を伸ばす。
なんとも子供じみた嫌がらせのくせに自分の行動パターンを悉く読まれているようで腹が立つ。


(さすがにここまで…)


“あ こ ん”


ブチンッ。


「アホかぁぁぁぁあっ!!!」


「おはようございます…どうかしました?」

拳西の怒声に目を覚ました修兵が、ひょこりとリビングに顔を出す。
未だ眠そうな顔をしている修兵のその右頬を見た拳西の口端が、ヒクリと震えた。

「おう、修兵、まずその顔洗って来い」

「え…!?なに!?」

ぐいぐいと洗面所に追いやられた修兵の背後で、阿近を呼ぶ拳西の怒声が再び轟いた。





* * * * * 






洗面所にて。


(え…なにコレいつの間に!?っていうかコレ油性!?)


マイ洗顔を握り締めて右頬の“あこん”と格闘しながら、修兵は朝からぐったりと疲れを覚えて項垂れた。

(なんなんだろう…もう…)





* 終 *









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