ごそりと、辛うじて身動きの出来るスペースの中でなんとか器用に寝返りをうつ。
ずっしりと背中や腰に巻き付く様にして乗せられている二人分の腕を重たく思いながらも、素肌同士で感じる人肌の温度が心地良い。
部屋中を満たしている気怠い空気に引き摺られる様に、半覚醒の頭でぼんやりと意識を浮つかせながら、修兵はほっと小さく息を吐いた。
肩の辺りが軽くなったと思えば、顔に掛かる髪を掻き上げてやりながら大きな掌が修兵の額を撫でた。

「起きたか?」

つられる様にしてふっと瞼を開けて見上げれば、既に起きていた拳西が手枕をしながら修兵を見下ろしていた。
その様子からして、修兵よりも先に、少し前から既に目を覚ましていたのだろう。
ずっとこうして眺められていたのかと、寝起きの頭ながらそう思い至って修兵はどこか気恥ずかしい気分になった。

「…おはようございます」

そう返したつもりが、その声は随分と擦れてしまっていて自分でも驚いた。
いくら寝起きだからとは言え、余りに酷い己の声に昨夜の記憶がまざまざと思い起こされて、修兵は小さく咳払いをしながら一層増した気恥ずかしさを誤魔化した。

(うわ…喉、ひりひりする…)

粘膜同士が貼り付いてしまった様ないがらっぽい感覚に、自然喉元を押さえる。
同時にスイッチの入ってしまった二人がそう簡単に修兵を解放してくれない事はもう日常的ではあるけれど、それにしても昨夜は随分執拗に構い倒された。

「悪ぃな、無理させたか?」

ぼんやりと昨夜の事を思い返していれば、絶妙なタイミングで拳西が尋ねてくる。
その声音が余りに穏やかで、修兵は気まずい様な甘酸っぱい様ななんとも言えない居た堪れなさに襲われて口籠った。

「喉乾いてんだろ、何か持ってくる」

そう告げて立ち上がる拳西に、修兵は自分で行くから大丈夫だと制止をしようとしてすぐに諦めた。
ベッドに縫い付けられてしまっているかの様な気怠さの方が勝ってしまって、何せ今は足に力が入りそうにない。
その上自分の腰を後ろから完全にホールドしている阿近の長い腕を解くのは難しそうだった。







ゆらゆら再び沈みそうになる意識に微睡んでいれば、暫くして何かを手にした拳西が寝室へ戻って来た。
ミネラルウォーターのボトルか炭酸水の瓶でも持って来るのだろうと思っていた予想は外れて、小さな皿と何やら見慣れぬ籠を持っている。
ぎしりとベッドに腰掛けた拳西からふんわりと甘い香りが漂った。

「…良い匂いする」

その手元を覗き込めば、籠の中には淡い黄色と薄紅で綺麗にグラデーションのかかった桃が幾つか入っていた。
他にも無花果やらプラムやらがぎっしり盛られている。

「食うだろ?」

「はい、美味しそう…でもどうしたんですかこれ」

「昨日隣の奴に貰った。量があり過ぎて食いきれねぇんだと」

「あぁ…」

”隣の”と聞いて、修兵はすぐに見慣れたオレンジ頭と銀髪の長身の男を思い浮かべた。
親しくしている訳ではないが、顔を合わせれば挨拶位はする程度のお隣さんだ。

拳西は籠をベッドサイドのチェストに置くと、もう片方の手で持っていた皿の上から綺麗に切り分けられた桃を一つ摘み上げた。
瑞々しい果肉から零れた果汁が拳西の手首を一筋伝って落ちていく。
まさかそのまま与えられると思っていなかった修兵は目を見開いて躊躇ったものの、早くと促す様にその実を押し当てられた。

「ん…」

反射的に開けてしまった口に放り込まれる。
歯を立て切る前にじんわりと甘さが広がって、貼り付いていた喉の粘膜を潤していく。
あっという間に無くなってしまった溶けてしまいそうに柔らかな実はなんとも美味だ。

「ふっ…、あま…」

もう一つ、一つと差し出される甘くて柔らかな果肉に次第に夢中になる。
拳西の手が汚れるとかシーツに零れるだとか行儀が悪いだとか、そんな事はいつの間にか頭の隅へと追いやられてしまっていて。
気が付いた時には、皿の上に盛られていた分は与えられるままにほとんど自分が食べきってしまった。

とろりと、修兵の口の端から滴った雫を拳西が指先で掬い上げて、見せ付ける様にぺろりと舐め取る。

「甘ぇな」

「!!」

我に返って急に恥ずかしさが込み上げて来た修兵が声を上げようとしたのを、背後で寝ていた筈の阿近が遮った。
ずっしりと、修兵の肩へ顎を乗せながらその背中に貼り付いている。

「あ、起きた…」

「あ゛ぁー…こんだけ甘ったるい匂いしてりゃ起きる…」

すんすんと、修兵の頬の辺りへ鼻を寄せてから唇の端をちろりと舐めた。

「ちょ…っ」

「おい、俺にも寄越せ」

「…起き抜けから偉そうなんだよお前は」

そう言いつつも、拳西は籠の中へ入れてきた果物ナイフでもう一つ桃を手に取り器用に剥いていく。
するすると丁寧に剥かれていく様を二人並んでじっと眺められているのを感じて、拳西は餌を与える親鳥の気持ちがどことなく分かる様な気がして苦笑いを漏らした。

「お前ら雛か…」

つるんとした白い実が綺麗に顔を出した所で、阿近がちょいちょいと片手を差し出した。

「それ、そのまま寄越せ」

ナイフを入れずに丸ごと受け取った桃を、そのまま一口齧る。

「甘ぇ…」

漂う香りよりも遥かに甘いそれに一瞬眉を顰めて、それをそのまま、その丸い実を修兵の口元へ押し当てた。

「んんっ!?」

「ほら、食えよ」

くいと顎を掴まれて振り向かされた少し苦しい姿勢のまま、修兵は言われるままに柔らかく歯を立てた。

くちゅ、じゅくり。

受け止め切れなかった果汁が修兵の顎を伝って首筋へと落ちていく。
鎖骨にまで達したそれを阿近の薄い舌が追う様にして舐め上げ、喉仏の辺りにこりっと柔く歯を立てた。

「んぅ…っ」

びくりと、大きく肩を震わせた修兵を背後から抱き込む様な体勢を取る。
それを見て楽しげにニヤリと口角を吊り上げた拳西が、ベッドに乗り上げて修兵の前へ陣取った。
阿近の手から再び桃を受け取ると、ナイフで一口大に切り取ったそれを修兵の口の中へと押し込んだ。

「ぁ…ん、ふっ…ちゅ…」

舌の上で柔らかな実が押し潰されて果汁が溢れる。
シーツへと零れない様に、じゅっ、ちゅるっと啜り上げて拳西の指に吸い付きながら、口蓋をなぞらえて出て行くそれに苦しげに喘いだ。
良く出来たと言わんばかりに後ろから髪を撫でられる。
部屋中を漂っている甘い芳香と、甘やかされている様なこの状況に、修兵は全身の力がどんどん抜け落ちていくのを感じていた。

「まだ食うか?」

ぼんやりとした頭でこくりと一つ頷けば、再び拳西の手が伸びてくる。
反射的に口を開けた修兵を裏切って、その手は背後の阿近へと桃の欠片を渡した。

「んな物欲しそうな面すんな」

そう言って実の端を咥えたまま、ん、と、とろりとした視線でこちらを見上げてくる修兵を誘った。
滴り落ちそうになる甘い果汁を追って、舌に乗せる様に阿近の唇ごとその実を頬張る。

くちゅ、

「ふっ…ぢゅ…んん…っ」

ちゅるり、

咥内に侵入した舌で押し込められる実を、必死に受け止めて喉を鳴らす。
じんわりと甘い阿近の舌を味わう様にして吸い上げれば、ニタリと男の口端が上げられるのを感じた。
こぽり、唇の隙間から飲み込み切れなかった雫が溢れる。
それをすかさず拳西の手が掬う様に添わされ、そのまま修兵の咥内へ骨張った甘い人差し指と中指が押し入った。
阿近との口付けに夢中になっていた修兵の舌を、二本の指先で挟む様に阻止してしまう。

「んむっ、は…ぁっ」

「はっ、おい、邪魔すんじぇねぇ…」

「いいじゃねぇか」

修兵は頭上で行われている二人の小さな言い合いなど意にも介さず、今度はそのまま拳西の手首や肘を伝っていく果汁を追って唇を這わせていた。
日頃行儀よくきっちりと食事をする修兵が、寝具や身体を汚すのを厭わず、はしたないとも言えるこの状況で一心に一つの桃にしゃぶりついている。
その落差が拳西と阿近の目を奪い、嗅覚も触覚も聴覚も、それらの全てからぞくぞくとした刺激を二人の背へ走らせた。

くしゅり、

今度は指先で剥ぎ取った桃の柔らかな果肉を、阿近が拳西の胸元へべったりと塗りつける。

「おい…」

「黙ってろ。ほら、修兵」

「ぁ…けんせぇさ…」

拳西の逞しい胸元から引き締まった腹部にまで、半透明の果汁が滴り落ちていく。
うっとりとそれを見つめていた修兵が、阿近に促される様にして拳西へと身を寄せた。
ちろり、舌先でその甘さを確認すると、今度は大胆に舌を突き出して舐め取っていく。

(すご、い…甘い…)

拳西の胸板へ夢中になって舌を這わせる。
ぴくりと、僅かに一度肩を震わせた拳西の動きを感じて、修兵は体の奥のそのまた奥の方でじゅくじゅくとした熟んだ熱が溜まっていく様な堪らない感覚に襲われた。

(やば…、気持ちいい…)

自然、腰が震える。
ちゅ、じゅるっ、己の胸元でちらちらと蠢く赤い舌。
マーキングでもしそうな勢いの修兵に、拳西は苦笑いをしながら柔らかな黒髪へ手を差し入れて撫でた。

「猫みてぇだな」

「あぁ、完全にスイッチ入っちまってんな」

すっかり舐め取ってしまった甘さに物足りなさを感じて、修兵はほとんど無意識に阿近を振り返った。

「待ってろ」

身を乗り出して籠に手を伸ばすと、今度は無花果を一つ手に取った。
濃い紫色の実の先端に歯を立てて、そのままぴっと器用に皮を引き下ろしていく。
阿近が歯を立てた所からどんどんとその実を暴かれていく様から目が離せない。
そんな修兵の隙をついて、拳西が先の仕返しとばかりに無防備に晒されている白い内腿へ桃を滑らせ、舌をべろりと登らせていく。

「んあっ、あ…!けんせぇさ…っ!」

びくびくと太腿を引き攣らせながら、後ろからも押さえつけられて逃れられないまま、今度は無花果が唇へと押し当てられた。
されるがままに柔らかな実を招き入れる。
桃とは違う、少しの苦味を孕んでいる様な青い甘さが酷く淫靡に思えて、修兵はくっと喉を鳴らしながら腰を捩じらせた。

「やらしいな、修兵」

「なぁ、知ってるか修兵…無花果には媚薬の効能もあるんだ」

ぼんやりとした頭に響く、拳西と阿近の低い声。
とろとろと滴った果汁ごと、まともな思考も混ざり合って溶け落ちて行ってしまっている様で。
二人に一滴残らず差し出して与えてしまいたい、そんな浮ついた熱をじくじくと持て余す。
そんな欲を汲み取る様にして、ふるりと震えた修兵の腰に、背に、脚に、拳西と阿近は余す所なく、甘い余韻を色濃く残す唇を落としていった。








−END−





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