“幼馴染設定:高校生コク一”






心頭滅却云々の、言うは易しの忍耐劇。
蝉も患う、快晴真昼の午後1時。



たらりと、額から流れた汗が顎を伝って滴り落ちる。
老朽化に加えて異常な気温の上昇に音を上げた情けないクーラーは、今朝からうんともすんとも動く気配を見せない。
せめてもの涼を求めて開け放たれた窓から流れ込む風は、蒸し暑い空気を不快に届けるばかりだ。
気休めにと稼働させた扇風機の前を陣取ってみても、生暖かい空気をただ撹拌しているだけで何の役にも立っていない。
カランと、唯一涼し気な音を立てた麦茶の中の氷は全て溶け切って、
そのグラス越し、
一護は座卓を挟んで向かいの床にぐったりと寝そべる、暑苦しい長身を恨めしく見遣った。

















夏の盛りに故障したエアコンにげんなりと頭を抱えるも、
他所へ涼を求めに行くにせよこの炎天下の中外出をするのも面倒で、散々悩んだ挙句、ならば一日位と結局部屋に留まったのだ。
夏季休暇も半ばと言えど、高校生に与えられる課題はなかなかの量で。
未だ手付かずのものもあるそれに向き合おうと、一護はなんとか風の通り道を作りつつ、唯一の涼を湛えているフローリングの床に座り込んだ。




それから小一時間後。



ミシッ


「・・・?」


ミシリッ


「!!?」

窓の方から軋む様な音が続けて届く。
何やら感じる不穏な気配に視線を上げた一護が、飛び込んで来た光景に目を見開いた。

「よう」

長い足を窓枠から窓枠へと引っ掛けて、棒付きのソーダアイスを口に咥えながら隣家の幼馴染が部屋へ侵入を果たそうとしている真っ最中だ。

「なっ!?よ、ようじゃねぇよ!!そっから入ってくんのやめろっていつも言ってんだろうがっ!!」

「いいじゃねぇか隣なんだしよ」

わんわんと非難を浴びせられるも意に介さず、黒刀は軽々と一護の向かい側に着地した。

「いやぁ参ったぜ、うちのエアコン壊れやがってよお、ちっと涼ませろよ。ホレ、お駄賃」

言いながら座卓越しに身を乗り出した黒刀は、咥えていたアイスを一護の口へと無遠慮に突っ込んだ。

「んむっ!?」

強引なそれにキッと頭上の人物を睨み上げる、ニヤニヤとした締まりのない顔が余計に腹立たしい。
そうは思うものの、押し当てられるひんやりとした甘さは実に魅力的で、結局一護は抗う事なく口を開けてそれをがりりと噛み砕いた。
睨みながらも、もごもごと素直に口を動かす一護の頭を黒刀は乱暴に掻き混ぜる。

「よしよし…って、この部屋なんか暑くねぇ…?」

「あぁー…、うちのも壊れた」

「……なにぃ!?」





そうして今に至る。


大体早く言え先に言えだったら出てけいやだ愛が無い知るか以下延々。
散々交わされていた攻防はいつの間にやらぐったりとした二人の息遣いに変わって、部屋には温暖化に敗北したエアコンと汗だくの男が二人。
未だぶつぶつと文句を言ってはいるものの、暑さに負けて漸く大人しくなった黒刀に放置を決め込んで、中断させられていた課題へ再び向き直った。


「…あ゛ぁっつ」

「そりゃこんな狭い部屋に男二人もいたら暑いに決まってんだろうが」

「あ゛ぁー…」

「黒刀も課題あんだろ、さっさと帰ってやれよ」

「…馬鹿言え、良くこんな暑い中やってられんな」

「心頭滅却すれば火もまた涼しだ、お前と一緒にすんな」

「しんとーねぇ…」

「…お前今平仮名だったろ」

「…うっせぇ馬鹿にすんな」


ぽつぽつと交わしていた取り留めの無い会話も途切れて、熱風を掻き回すだけの扇風機の稼働音と、窓のすぐ外で鳴き喚いている蝉の声が煩わしい。
初めの方こそひんやりと感じていた床板はあっという間に己の体温が移ってしまって生温い。

放っておかれて良い加減暇を持て余し始めた黒刀は、ふと、首ごと視線を横に向けてある一点に目を止めた。

一護がいつも部屋着にしているハーフパンツから伸びるスラリとした脚。

座卓の下で無防備に投げ出されているその丸く形の良い膝頭が暑さのせいでほんのりと染まり、汗ばんでしっとりとした内腿の肌はいかにも触り心地が良さそうだ。
黒刀は好奇心と下心の赴くまま、その一護の右脚に座卓の下から手を伸ばし柔らかそうな皮膚をそろりと一つ撫で上げた。

「のわぁっ!?」

途端、ぞわりとした刺激に跳び上がる体。
一護は反射的に足を引っ込めて身を縮めながら、手にしていた消しゴムを黒刀の額目がけて思い切り投げ付けた。

「痛ぇっ!!」

「な、なにしてんだお前!邪魔すんなばかっ!」

「いってぇなぁ…」

命中した額を擦りながらむくりと起き上がる。
見れば、そんな黒刀から庇う様にして撫でられた片膝を抱えながら、真っ赤になって腹を立てている一護の顔。
健全な男子高校生の衝動に、勢いを増すばかりの蝉の声と真昼の暑さが拍車を掛ける。
自分と一護を隔てる座卓をがたがたと横へ押し遣りながら、咄嗟に立ち上がろうとする一護の足首をむんずと掴んで引き倒した。

「痛ぁっ!!」

ひっくり返って後頭部をぶつけた衝撃に今度は一護が声を荒げる。
そんな抗議を他所に、黒刀は易々と一護の腹の上へ跨る様にしてその長身を乗り上げた。

「ちょ、暑っ!!来んな!!もう帰れよおま…っ!!」

「今更めんどくせぇ。もう決めた、俺は決めたぞ」

「何をだよ!」

「今日はお前を構い殺す」

完全に目を据わらせた黒刀に見下ろされて、一護はさっきまで真っ赤にしていた顔からさっと血の気を引かせた。

「…意味分かんねーよ!!」

「どうせなら、とことん汗かいた方が良いだろ?」

ニヤリ、黒刀の口端が上がるとロクなことがない事など過去に何度も立証済みだ。

「い、いやいや死んじまう…っ!ほんと!無理!!」

「まぁ付き合えや」

射る様に見下ろす黒刀の銀髪から、キラキラとした汗が一護の首筋へぽたりと滴り落ちる。
その感触に背筋を震わせているその隙、

「っ!!」

Tシャツの裾からがばりと熱い掌が侵入して来て、汗ばんだ肌を撫でられる感覚に頭がくらくらと揺れる。
こんな状況でまともに相手をした先の末恐ろしい結果は容易に予想がついていて。

「うぁっやめ…っ、やめろぉぉぉおーっ!!」

必死に手足をばたつかせる一護の抵抗も甲斐無し。
蝉をも凌ぐ渾身の悲鳴まで、サラリと虚しく無視された。







終わる。









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