ブルブルと小刻みに震える規則的な振動に、小さなボディがぎゅっと身を竦める。
おまけに全身を押し潰す圧迫感に耐えながら、修兵は息苦しさをなんとか堪えて必死に主の名前を呼んだ。

「…さ、…ぇさん!」

カーテンの隙間から漏れ差す朝日と微かな声に、拳西は一つ身じろぎをするものの起き上がる気配を見せない。

「うぎゃっ」

寝返りを打たれた拍子に新たな角度で下敷きにされて、鼻を摘まれた様な悲鳴を上げながら懸命に声を荒げた。

「け、んせぇさ…っ!!拳西さんってば!起きて!」

どんどんと大きくなる音量と振動に、さすがの拳西も意識を浮上させ始めた。
薄く瞼を開けてチラリと見遣った枕元に首を傾げる。
いつも目覚まし時計代わりにと置いている修兵が見当たらない。
拳西は気怠そうに上半身を起こしながら、ふと、自分が腹の下敷きにしてしまっていたそれを発見した。
未だ拳西の名を呼び続けるそれのバイブレーションを切ってやると、荒い息を整えながらぐったりとベッドへうつ伏せてしまう。

「あぁ…悪ぃな」

そう言えば、昨夜は修兵が一緒にベッドへと入りたがって駄々をこねたのだ。
目覚まし用に設定しているにも関わらず己を呼ぶ柔らかな声音が心地良くて、毎朝ついつい目を覚ますタイミングを逃してしまう。
そんな拳西を見兼ねて、ならばバイブ機能と一緒にして傍に置いてはどうかと修兵からの提案があったのだ。
結果的に二度寝をさせず起こす事に成功したのだから良いものの、自ら申し出ておきながら本人としてはなかなかにハードな役割だったようで。

「はっ…はぁ…っ、も、苦し…っ!」

「ほら見ろバイブ嫌いな癖に。だからやめとけっつったじゃねぇか」

「んっ…だって、拳西さんいっつもちゃんと起きてくれないじゃないですか」

涙目になりながらじっとりと拳西を見上げてくる修兵に、拳西は苦笑いを漏らしてそのボディを持ち上げて目覚ましのリピート機能を切ってやった。

「わぁーったよ、悪かったな。
おはよう修兵」

「おはようございます、拳西さん」




* * * * *




簡単に朝食と朝の支度を済ませ、慣れた手つきでネクタイを締めている拳西をテーブルの上からそわそわと見上げている。
修兵は平日の朝のこの瞬間が大好きなのだ。
スーツのジャケットを着込んだ拳西の手の中へ嬉々として収まる。
そしてそのまま、拳西の左の胸ポケットへとその小さなボディを滑り込ませた。
穏やかな拳西の鼓動と暖かい体温が伝わるこの場所が、修兵にとってのベストポジションだった。
頭上から直接に降る拳西の低い声を聞いているのもとても心地が良い。
修兵はほっと息を吐きながら、スケジュール機能を起動させて午前中の予定を拳西へ伝えた。

「今日は8時半から会議ですけど、早いのでそのまま本社に行きますか?」

「あぁ、そうする」

「じゃぁ車ですよね、ナビ起動しますね」

今の時間からの最短ルートを検索しながら、拳西と共に家を出た。







本社一階ロビーのエレベーター前。
待機している拳西と修兵の背後から、カツカツと高らかに響くヒールの音が近付いて来る。

「おはようございます、六車部長」

拳西のすぐ隣で立ち止まり、直属の部下である一人の女性社員が綺麗な笑顔で挨拶をした。

「今朝はお早いんですね」

ふわりと揺れる、緩く巻かれた茶色い髪。
途端、修兵の元にも届く香水と化粧の混ざった甘ったるい香り。

「あぁ、これから会議だからな」

「あの、部長…」

ネクタイ曲がってますよ、そう言いながら、ネイルの施された少々派手な指先が拳西の首元へと伸びる。
途端、電子音と共に震える胸元のスマートフォン。

「お、悪いな」

彼女の手が触れる直前、内ポケットから拳西がそれを取り出したのと同時、エレベーターの扉がタイミング良く開いた。
その女性社員へ軽く片手を上げながら、中へと身を滑り込ませる。

"機械の癖にっ"そう言いた気な目が、キッと修兵を睨み付けている、様な気がした。






目的の階を押しながら、起動したディスプレイに首を傾げる。
音が鳴ったにも関わらず、着信など一件も無い。

「おい、修兵…」

「…ネクタイなんて、曲がってません」

そう言って拗ねた様に液晶の表示を閉じてしまう。
確かに、それは毎朝修兵がきちんとチェックをして指摘してくれているのだからその通りではあるのだが。
実際、エレベーターの中にある鏡で確認してみても、確かに曲がってなどいなかった。
拳西はそんな修兵の意図を汲み取って呆れた様な苦笑いを漏らす。
修兵はそれへ益々拗ねた様な声を上げた。

「だって、俺あの人苦手なんですもん、化粧も香水も濃いし無駄に派手だし…」

"拳西さんモテるから心配です"それは口に出せぬまま。

「あぁー…確かにな」

修兵の随分な言い種に喉の奥で笑いながら、再び胸ポケットへと戻した小さなボディを、スーツの上からあやすようにしてぽんぽんと叩いた。





― END ―



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