自分の想い人は綺麗だと、欲目かとも思いながら日増しにそう感じている。
長身の男性でありながら、随所で女性的な柔らかさも意識させられる骨格の曲線。
スラリとした首筋から伸びる顎のラインは白く滑らかで、健康的な艶を保つ肌を眺めていると、無意識に手を伸ばしてしまいそうになる。
それに反して引き締まった口角と、冷たさも伺わせる様な鋭利な眼差しや柳眉は禁欲的な雰囲気を持ち合わせていて、その不均衡な色香はなんとも魅力的だ。
頬に大きく刻まれた数字は彼の確固たる信念や様々な志の象徴でもあるから、それは良いのだとして。
鼻筋を横切る青いラインを見る度、綺麗な顔立ちをしているのに些か勿体無いと、口にしないまでも一護は常々思っていた。
そんな自分の恋人の中で、どうしても気になって仕方がない困り事がもう一つだけあるのだ。
そんな止め処もない事を、乱菊が書類のお強請りにと置いていった蕎麦饅頭をかじりながらぼんやりと思っていた。
さらさらと淀み無く筆を走らせていた音が止む。
猫の様に軽く伸びをした修兵が立ち上がった。
「終わったのか?」
「あぁ、悪いな、今茶淹れてやる」
饅頭を頬張る一護を見て、今度はいっそ優雅とも思える程無駄の無い所作でテキパキとお茶の準備をしている。
いつもの事ながら、"息抜き"と言う言葉を知らないのではないかと思う程の気遣い振りだ。
自分と居る時くらいは何もしなくても良いのにと思うのだが、性分なのだろう。
コトリと、目の前に湯呑みを置いたその手首を一護はがしりと掴んだ。
「なぁ、檜佐木さん」
「な、倒したら火傷すんだろうが」
「コレ、勿体ねぇ」
言いながら、一護は何事かと驚く修兵の眉間へ己の人差し指をつんと突き立てた。
「は?…これ?」
「眉間の皺」
「しわ…?」
突然の一護の言葉に、元より刻まれていた皺をより濃くしながら、修兵は怪訝な表情を浮かべた。
「そう、皺。俺と居る時くらいそんなもん浮かべなくてもいいんじゃねぇの?ずっとそうしてっと痕になるぜ?」
ぐんっと押される様にして解放された己の眉間を、あぁだのうぅんだの唸りながら指先で擦る仕草をする。
「あぁー癖かも、あんま意識してねぇ…つうか黒崎も人の事言えねぇじゃん」
仕返しと言わんばかりに、一護の眉間を小突いてやる。
「俺はいいんだよ若いから、すぐ消えっし」
「んのやろ、こんな時ばっかり年下ぶりやがって…って、うわっ」
突然ぐいと強く引かれた腕にバランスを崩し、修兵は長椅子に腰掛ける一護の膝の上へ乗り上げる体勢になってしまう。
「おいっ、黒崎、ここ隊首室!」
「そう言えばさ、俺檜佐木さんの満面の笑みとかまだ見た事ねぇかも」
お咎めを気にする風でも無く、一護は修兵の顔を両手で挟みながらまじまじと見上げる。
己にだけ向けられると知っている淡く柔らかな笑みや、憂いを含んだ表情も自分にとってはこの上も無く魅力的ではあるのだが、何故だか急に、屈託無く顔中で笑う修兵の顔を見てみたいと思ってしまった。
「なぁほれ、笑ってみ?」
「そんなんお前だって…っつーか急に言われて笑える訳ねぇだろうが」
「んだよケチくせぇな…だったら…」
にたりと、悪戯を思い付いた子供の様な表情を浮かべる。
過ぎった嫌な予感に一護の上から身を退かそうとした修兵の手首を素早く捉え、一纏めにしてしまいながらガラ空きになった薄い脇腹をわしわしとくすぐりに掛かった。
「ぎゃっ!あっ!ちょっ、放せ黒崎…っ!」
ちょこまかと這い回る一護の指先に身を捩らせながらも、修兵は拘束されていた手をなんとか振り払う。
そのまま負けじと、修兵も一護の脇腹を捉えて思い切りくすぐり返した。
「うわっ、おい!やめ…っ卑怯だぞ!」
ぎしりと音を立てる長椅子の上で、続く攻防戦。
互いにコツやらツボやらを心得て来たであろう瞬間、
「ぶはっ!」
「あ、もっ、あはっ!」
顔を見合わせながら、盛大に吹き出した。
途端、綻び切った相手の顔を見て、互いに顔を真っ赤に染め上げる。
((か…可愛いっ!!))
免疫の無いその表情に、二人が二人、何とも言えない気恥ずかしさを感じてしまう。
「…―っ!」
「おわっ!」
どうにも居たたまれない沈黙に焦れた一護が、飛び付かんばかりの勢いで修兵をそのまま押し倒した。
尻尾でも付いていれば、千切れる程の勢いで振り回していようかと言う勢いだ。
「こらっ!何すん…っ!」
「あぁー…やっぱいつも通りでいいかも、なんかダメージでけぇし…」
しがみ付く様にして修兵の首元に顔を埋めながら、一護は情けないくぐもった声を出した。
「あ?あぁ…まぁな…」
修兵も、どことなく照れを隠す様に低い声音で呟いた。
「でも…」
ちりりと、柔く噛み付かれて修兵の鎖骨へ走った鈍い痛み。
「っ!?んっ、な、にして…っ!」
慌てて押し返した一護を見上げれば、先程見せた邪気の無い満面の笑みは何処へ。
今度は挑発的な表情で真っ直ぐに修兵を見下ろしていた。
そろりと、己が噛み付いた薄い皮膚へ指先を滑らせる。
「こういう時に寄ってる皺は、嫌いじゃねぇ」
―気持ちイイだろ…?
耳元で囁かれる声。
「な…っ!ガキのくせにっ!」
「ガキじゃねぇよ」
「良く言うぜ…、」
ぐいと、一護の襟元を掴んで引き寄せる。
そのまま唇の端をぺろりと舐め上げた。
してやったり、目を見開いている橙頭を見上げる。
「んなとこに餡子つけてる奴のドコがガキじゃねぇってんだ」
「ゔ…そんなん狡ぃ…」
「おーよしよし」
「だっからガキ扱いすんなっての!!」
「喚くな喚くな」
いちゃいちゃにゃんにゃんいちゃいちゃいちゃいちゃ…。
* * * * *
その頃、九番隊隊首室前、廊下にて。
「あの…乱菊さん…何やってんスか?」
気配を殺しながら、部屋へと続く扉を薄く開けて中を覗き込んでいる様は完全なる不審者だ。
「しっ!静かに!修兵に追加で書類届けに来たんだけど…ほらぁ、見なさいよアレ」
「それ…乱菊さんとこの書類じゃないっスか…って、うえぇ!?」
乱菊に促されるまま同じ様に中を覗き見れば、花でも飛び交いそうな程の甘ったるい光景が恋次の目に飛び込んで来る。
黒猫と犬っころがじゃれているかのような二人のその様に、恋次は盛大に吹き出しながら乱菊と同様食い入る様にしてその光景へ視線を貼り付けた。
「ちょっと!うるさいって言ってんでしょ!」
「あ、すんませ…って言うかなんスかアレ!ちょ、カ、カメラ…!」
「そんなもの持ってないわよ、ちょっと阿近呼んで来なさいよ阿近!」
「え゙…俺がっスか!?」
「そうよ、待っててあげるから。蕎麦饅頭の分くらいイイもの見せて貰わなくっちゃー」
「えぇ!?」
−END−
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