庭の生け垣に添って群生した立葵が、真っ直ぐに伸びた茎を夜風に靡かせて葉擦れの音を立てている。
朝陽を待って花を咲かせる準備をする様に閉じている薄紅の蕾から、月灯りに反射した夜露がはたりと滴り落ちるのを眺めながら、修兵は先程まで竹刀を交えていた拳西の太刀筋を思い出していた。

先に湯浴みを済ませてさっぱりと浴衣に着替え、縁側の隅で涼みながら茫洋と庭の景色へ視線を遣っている。
無駄な動きの一切を削ぎ落とした拳西の太刀筋や足の運びに、自分の未熟さをまた改めてまざまざと見せつけられた様だった。
勿論、相手は護廷の一隊長を担う人物なのだから、一院生の自分が追い付く事など何十年、何百年掛かるか知れない事など分かってはいるのだが、それでも―、

(悔しい…)

修兵は両膝を抱えてそこへ顔を埋めながら、ぎゅっと身を縮めてうずくまる様に丸くなった。





「なに不貞腐れてやがる」

後から湯浴みを終えた拳西が、修兵のしょぼくれた後ろ姿を見留めて背後から声を掛ける。

「不貞腐れてなんていません…」

顔を俯けたままの、くぐもった声が拳西の耳へ届いた。

「拗ねてんのか」

「拗ねてません」

「じゃあ泣くなよ」

「泣いてません!!」

がばりと、ようやく振り向いた修兵の顔は反論通り泣いてなどいないにしろ、随分と情けないものになっていた。
その表情を見て苦笑いを漏らす拳西に気まずさを覚え、修兵は再び庭へ向き直り視線を下げてしまう。

「なんて面してやがんだお前は」

言いながら歩み寄り、項垂れる修兵の頭をぐしゃぐしゃと乱雑に撫でると、そのまま腰を下ろして丸まる体を背後から抱き込んだ。
胸を合わせた修兵の背から、何処かまだピリピリと張り詰めた霊圧が流れ込んで来る。

「悔しいか」

目の前の頭が、こくりと一つ頷いた。

「悔しいです…ああして拳西さんに稽古を付けて貰ってもいるのに、思う様にいかない自分自身が一番悔しい…それに、まだ自分で自分の力量を信じられなくて、いつもどこかでブレがあって、それがなんだか情けなくて…」

拳西の体温を背中に感じながら、修兵はぽつりぽつりと零す様に心情を吐露して行く。

「そうか、そう思う気持ちも大事だがな…お前はもう少し自分に自信を持っていい。だがまぁ、伸びしろなんざまだまだあるんだ、後は経験値が物を言うだけだ」

静かな返事と共に再び頷いた修兵の髪をさらりと撫でてやる。
その拍子にちらりと垣間見えた拳西の左手首を見て、修兵はあれと思いながらそこへ視線を止めた。
少し捲れた浴衣の左袖、手首より少し下の辺りに、微かだが打撲の痕の様な赤みがある。

「拳西さん、これ…」

"しまった"

拳西は修兵に掴まれた手首を咄嗟に引き、何食わぬ様子で袖を直して隠してしまった。

「あっ!ちょ、見せて下さい!」

くるりと体勢を変えて拳西の方へ向き直る。
そのまま膝へ乗り上げて、隠したその袖を暴こうとぐいぐい拳西の腕を引っ張った。

「こら!やめねぇか!」

抵抗をするものの、開きの広い浴衣の袖では隠し切れる筈もなく。
赤くなった皮膚が再び修兵の目に晒された。

「これってもしかして…」

間違いない。
鍔迫り合いになる直前のあの手応え。
巻き取られただけに終わったと思っていたあの一打が、確かに拳西の小手を捉えていたのだ。
途端、さも嬉しさを隠せんとばかりに緩み出す修兵の顔。

「…おい、締まりのねぇ面してんじゃねぇぞ」

「だって…拳西さんに打ち込めたの、初めてですもん」

「馬鹿野郎、こんなもん打ち込めた内に入らねぇよ、浅過ぎだ」

「そうですけど…」

緩む口元をなかなか元に戻せない修兵の頬を抓る。
拳西は両脇腹に手を掛けると、己の膝から下ろしてしまおうとその体を持ち上げた。

「いい加減その面引き締めて下りろ」

「っ!!」

途端、息を詰めて顔を歪ませる修兵に、拳西は己が最後に入れた一撃を思い出した。

「あぁ…悪い、見せてみろ」

再びその体を膝の上へ下ろし、無遠慮に浴衣の袷を大きく開いて肘の辺りまで下げてしまう。

「ちょ、拳西さんここ縁側!」

「誰も来やしねぇよ」

露わになった薄い腹部の左上、肋骨との境の辺りに盛大な青痣が出来上がってしまっていた。
自分で打ち込んでおきながら、我ながら随分と派手に付いたものだと思う。
軽くその痕に触れながら、打撲の度合いをはかった。

「痛むか?」

「平気です、拳西さんが手加減無しに相手してくれた証拠ですから」

鈍い痛みに耐えながら嬉しそうに答える修兵に、拳西は呆れた様な苦笑を見せた。

「そうかよ。修兵、そのままもう一回後ろ向け」

「…?」

言われるがまま、再び背を向けて拳西の足の間へ収まった。
横一線に走る痕を労る様にして当てられた拳西の掌から、穏やかな熱が伝わって来る。
治癒系の鬼道を当ててやりながら、背中や二の腕にも出来てしまった痣へ一つ一つ癒す様に唇を落としていった。

「んっ、くすぐった…っ!」

啄まれる感触にむずがる修兵の反応を楽しみながら、首筋や肩口にも悪戯にその唇を這わせて行く。

「そ、んなとこ…打ってな…っ」

腹部に流れ込んで来る柔らかな熱とは違った熱さが口付けを落とされた箇所へ集まって行くのを感じて、修兵はどうにか意識を逸らそうと視線を泳がせる。
だが、それも逆効果で。
いくら拳西の私邸の庭であると言えども、半ば屋外なのだ。
肌蹴てしまった己の浴衣を見下ろして、酷く居たたまれない気持ちになってしまう。
激しい打ち合いをした後だ、その熱がまだ残っているだけなのだと自分に言い訳をする。
そんな修兵の焦りを知ってか知らずか、拳西は段々とこの施しに夢中になるのを感じていた。
綺麗に肩胛骨の浮き出た白い背中へ、薄らと紫がかって滲んだ痣が妙に情欲をそそる。
誘われる様に、拳西はその痣とまっさらな白い素肌との境目の皮膚を強く吸い上げた。

「あっ、痛!」

チクリと刺す様に走った背中の痛みに、修兵は声を上げながら身を捩る。
滑らかな肌へ、また一つ浮かんだ鮮やかな赤い痕。
びくりと肩を震わせて甘い声を上げた修兵に、抗い難い衝動が込み上げるのを覚えた。

「悪い」

そう一言だけ告げると、修兵を横抱きにして勢い良く立ち上がった。

「え、待っ、拳西さ…っ!」

「暴れんな、落とすぞ」

そのまますぐ後ろの床の間へ進み、既に整えてあった敷布へと修兵を下ろしてしまう。
じたばたと暴れた所為ですっかり着崩れてしまった浴衣はもう役を成さず、自分を組み敷いている拳西の目へ惜し気もなく素肌を晒していた。
するりと、今度は痣を避けながら触れてくる掌が心地良い。

「…痣だらけになっちまったな」

「良いんです。言ったでしょ、嬉しかったですから」

拳西の掌へ自分のそれを重ねながら、ふわりと微笑む修兵に堪らぬ愛しさが込み上げる。
久々の長期休暇と言う事は、こうして修兵とゆっくり触れ合う事も久し振りなのだ。
今回は随分と荒々しい出迎え方をしてしまったが、その分今から存分に甘やかしてやりたいと言う衝動に駆られる。

「なぁ修兵…他の奴にこんな痣付けられんじゃねぇぞ」

「大丈夫ですよ、院じゃ誰にも負けません」

時折こうして隠す事なく向けられる拳西の独占欲がくすぐったい。
修兵は再び緩む顔を隠す様に、両腕を拳西の首元へ巻き付けてぎゅっとその大きな体を引き寄せた。

「また、稽古付けて下さいね」

「あぁ、まだまだ休みは長ぇんだ、泣くまでしてやる」

「え、それはちょっと…」

困った様に笑う修兵の目尻へ、頬へ、拳西は慈しむ様な口付けを落とす。
情欲を交わす前のこの戯れの様な触れ合いが堪らなく好きなのだ。
明日から暫くはまたこうして共に居られるのだと言う嬉しさが胸の内を満たして行くのを感じながら、修兵はゆったりとその身を拳西へ委ねた。




− 終 −



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