初詣の一幕
※八虎と世田介がしゃべってるだけ「甘酒って好き嫌いあるよねー」
湯気が立つ紙コップから少し啜って口に含むと薄皮が弾けたように広がる熱で舌が痺れた。世田介から紙コップを返された八虎は残りの甘酒をちびちびと飲みながらなんの気なしにあたりを見回す。もし近くにごみ箱があれば早めに飲み干してしまおうと頭の隅で考えていた。
「あれ橋田じゃない?」
ふと、立ち並ぶ露店と詰めかける人々の中に知った顔を見つけた。平均よりも背が高い橋田は目につきやすい。
「ああ……そうだね」
世田介はまだ苦い顔をしている。
「ちょうどいいから挨拶してこ、あっちまで行けるかな……」
「やめといたら?どうせあっちも一人じゃないだろ」
そう言われ八虎はもう一度橋田がいたほうに目をやる。よくよく見ると橋田の傍らに頭ひとつ分以上小さな人影が並んでいた。
「女子……彼女?」
「名字さんだろ」
「知り合いなんだ?まあ確かに、ここで声かけるのも野暮かもね」
「別にあいつは気にしないと思うけど……たぶん機嫌良いからめんどくさいよ」
「世田介くんってばまたそんなこと言って〜」
二人は橋田を追うことなく、ごった返す人の波に流されるまま参道を引き返した。紙コップは運良く途中で見かけたごみ箱に捨てた。
駅で世田介と別れた矢虎はポケットからスマホを取り出す。画面にはスクロールが必要なほど多くの通知が並び、その大半はメッセージアプリやSNSに宛てられた新年の挨拶が占めていた。
メッセージアプリを起動した八虎はいくつかの通知マークを横目に橋田の名前を探した。当たり障りのない挨拶を手早く打ち込み、誤字がないか読み直してから送信ボタンをタップした。
2021/1/3
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