橋田と図書委員

新生活の始まりを彩ってくれた桜は、生い茂る明るい緑色の葉に様変わりしている。
始めはカウンターに座ることさえ緊張していたけれど、すっかり慣れた今は先輩の手を借りずに貸し出し業務が出来る。パソコンの画面と本だけに注いでいた目線も自然と上向いて利用者の顔を見ながら話せるようにもなった。

貸し出し当番の際によく見かける上級生が何人もいるのに比べて同級生の利用者はまだ少ない。その数少ない1年生の中に長身から三つ編みを垂らした男子生徒がいたら、思わず目で追ってしまうのは私だけではないだろう。

「何か探してるんですか?」

今日、その男子に初めて話しかけた。声を潜めるために近づくとその身長は私と比べて頭ひとつ分か、それ以上に大きい。私語を慎むよう促すポスターは今だけ見ないことにした。これまで二、三回見かけた彼が本を借りることはなく、かといって机で黙々と自習をしているわけでもない。私が知っているのは書棚を眺めるように歩くところと、時折棚から引き抜いた本の表紙だけを見てまた戻している姿ばかりだった。

「探してるわけやないけど……あ、絵画とかそういう本て置いてあるん?」
「それならこっちに」

私に合わせるように潜められた彼の声は身近ではあまり聞かないアクセントを纏っていた。毎週観ているテレビドラマの登場人物ほど大袈裟な鈍りではないが関西から進学してきた人なのかもしれない。私は今いる小説の棚を離れて芸術・美術系統の棚に彼を案内した。図鑑のような禁帯出の本もあったので念のためそれも伝えておく。

「ありがとうな。さすが図書委員さん、もう本の場所覚えてるんやね」

君も1年やろ?今日初めて喋ったのに彼は当たり前のようにそう言ってへらりと笑う。その理由は尋ねるまでもなく、学校指定の上靴に縫い付けられたラインの色を見れば一目瞭然。実は私も彼が同級生だと確信したのは上靴を確認してのことだった。

「1組の名字です」
「1組ってことは特進やんな?僕、美術コースの橋田悠。またここ来るからなんかあったら教えてな」
「居るときならいつでも」

目を引く見た目も美術コースと言われたらなんだか納得してしまった。今日まで美術コースとの関わりがほとんどなかった私は、そこで学ぶ内容も在籍する生徒のことも正直よく知らないのだ。

「けっこう数あるなあ、もっと早く聞くんやった」
「専門科があるからね。他の学校は知らないけど」

吟味して選んだのか、または気まぐれか。橋田君は手近な棚から引き出した本を開く。その眼差しが真剣味を帯びてきたので私はカウンターへと踵を返した。

2020/5/27
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