学校祭準備
学校祭まであと十日。担任の手作りカウントダウンを横目に放課後を返上して準備に取り掛かる。授業中は規則正しく並んでいる机は使い勝手が良いようバラバラに配置され、学校祭準備の慌ただしさを体現しているようだった。ボタンを押してミシンを止め、押さえを上げた。縫ったばかりの布を軽く引っ張り、延ばした糸を切る。糸を奥に回して次の布をセットしまた縫っていく。同じ作業を十回以上繰り返している間、隣の席からじっと視線が向けられていた。
視線が注がれているのは規則正しく働くミシンではなく、縫い合わせて形を成していく布でもなく、私自身だ。穴が開くほど見つめるとはまさにこのことを言うのだろう。
「名前ちゃん」
見つめるだけでなく話しかけてくる。少しくらいのおしゃべりはミシンの支障にならないと知っているからだ。
「なあに」
「名前ちゃんはこの衣装着ないん?」
「着ないね。衣装係だし」
「ふうん」
ふと思いついたように悠が投げてきたボールを受け取って、投げ返してキャッチボールをする。特に意味はない話だ。けれど投げ返せないような暴投をしないところが悠らしい。
「悠はさ」
「うん」
「自分のクラスはいいの?」
「いま休憩中やもん」
黒板の上の時計を見れば悠がやって来てからもう三十分は経っている。休憩にしては長すぎだ。美術コースが何を作っているかは知らないけれど、こんなところで油を売っていていいのだろうか。
「これ見てて楽しい?」
「楽しいよ。真面目な顔してる名前ちゃんも可愛いし」
「そういうこと教室で言わないで」
「照れた?」
「照れてない」
嘘。本当は少しだけ恥ずかしい。悠が隣にいるおかげで二人きりのような気分になってしまうが教室には友達もいる。みんな準備でごった返していて誰も気に留めていないかもしれない。だとしても恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。そして悠は私が恥ずかしがることもわかって言っている。
「クラス違うと学祭準備してるとこ見られへんから貴重やねん。な?ええやろ?」
「私はいいけど……」
「ここにいたのか」
悠の声とミシンの音だけを聞いていた聴覚が広がる感覚。割って入ってきたのはよく知るクラスメートだった。
「セカイ君やん、作業順調なん?」
「そっちのクラスの連中がお前のこと探してた。展示品運ぶとかなんとか」
ええ……と悠がわざとらしく言う。
「僕、イーゼルより重い物持てへんねんけど」
「嘘つきめ」
「じゃあ私のこと持ち上げられないねえ」
「それとこれとは話が別やん」
「背高いんだから荷物運びくらい楽勝でしょ?」
「名前ちゃん意地悪やなあ」
たっぷり三十分の休憩を過ごした悠が席を立つ。こちらに軽く手を振ってから教室を出ていくかと思いきや、くるりと振り返った。
「下校時間なったら迎えにくるから。帰らんと待っとって」
「言われなくてもちゃんと待ってるよ、頑張ってね」
今度こそ教室を出て行った悠の足音は周りの慌ただしさにかき消されてすぐに聞こえなくなる。高橋君も自分の分担に戻り、私もミシンに手をかけて作業を再開した。
2020/10/20
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