続 橋田と図書委員

橋田君と会うのはいつも図書室だった。特進コースと美術コースは教室が離れているせいか一緒に授業を受ける機会はほとんどないし、廊下ですれ違ったとしてもわざわざ話しかけるほどの仲ではない。それに会うといっても図書室で偶然会うという意味で頻度も週に一回あるかどうか。最近の橋田君は大抵美術系のコーナーで重そうな本をめくっている。

「名字さん、いま時間ある?」
「大丈夫だよ、探し物?」
「学校祭の作品集があるって聞いたんやけど」
「えーっと、こっち」

今日は橋田君が珍しく貸し出しカウンターにやってきた。私は読んでいた本にしおりを挟んでからカウンターを出て該当の棚へと歩く。美術コースがあるこの学校は学校祭で展示された作品を写真部やら生徒会やらが作品集として記録、編纂をしているらしい。

「禁帯出だけどコピーはできるから、要るときはまた呼んで」
「ありがとうね」

橋田君が去年の作品集を読み始めたので私もカウンターに戻って読書を再開した。









自分の読書と貸し出し業務を行き来しながら過ごしているうちに閉館を知らせる鐘が鳴った。勝手知ったる上級生が退室していくのを見送り、残った人には声をかけて閉館の準備を始める。

「橋田君、もう閉めるよ」

閲覧用の椅子に座っていた橋田君はよほど集中していたのかハッとしたように壁際の時計を見た。

「時間切れかあ……残念、また明日来るわ。今週いっぱいあれば見れそうやし」
「それ全部見るの?」

一冊あたりは厚くなくても数十年分となるとかなりの量だ。思わず声を上げてしまった私に橋田君はさも当然のように頷く。

「目の前に知らん作品が山ほどあるのに見ないとか無理やん」
「知らない作品っていっても学祭の展示でしょ?」
「プロもアマも関係あらへんよ。僕、単純に人の作品見るのが好きやねん」
「美術館に行ったりするんじゃなくて?」
「美術館もしょっちゅう行く。でもアマの作品を見ない理由にはならないやろ?」

冊子の束を持って立ち上がる橋田君は満足げな顔をしていた。歴代の先輩たちの作品がそんなに気に入ったのだろうか。

「名字さんはネットでアマの小説読んだりしないん?」

私はどこを見るともなく斜め上に視線を投げて考える。まず思い浮かんだのは小説投稿サイトだった。小説家志望から趣味で書かれた作品まで、とてもじゃないけど読み切れないほど多くの小説が投稿されているあのサイト。言われてみればそれらはすべてアマチュア作品に分類されるものだ。

「読む、ね。たまにだけど」
「せやろ?名字さんがどう思てるかは知らんけど、僕はプロもアマも選り好みせんで見れるモンは何でも見るって感じやね」

頭の中で点と点が繋がり、視界が開ける感覚がした。小説も美術も表現の手段と形が違うだけで「創る」という意味では近いところにあるのかもしれない。プロの作品に誰もが賞賛するとは限らないし、逆にアマチュア作品に心を揺さぶられることだって無いとは言い切れない。

「なんか上手く言えないけど納得した。……私ちょっと偏見してたのかも」
「別に説き伏せたかったわけやなくて。持論みたいなもんやから聞き流してええよ」
「ううん、橋田君の言うとおりだと思う」

橋田君はきっと偏見なく作品を見られる人だ。作者の立ち位置だけにとらわれることなく、作品そのものを真正面から鑑賞できて、心底楽しめる人。

心掛ければ私にも同じ視点が持てるだろうか。その先に存在するであろう橋田君に見えている世界が、少しだけ気になってしまった。

2020/6/1
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