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2016/02/13

「あの、お客様、そろそろ他の方の分に支障が出ますので…」

「…だめ?俺、お腹空いた…」

「ばか千紘!いい加減ダメに決まってんでしょ!一体何杯食べたの!」

「ん、……、わかんない」

代わりに私が千紘の傍に積まれた空のお椀の数を数えてみると、にぃ、しぃ、ろぅ……、数えるのをやめた。しかし、これではまるでわんこそばの大食い大会のよう。理央が無理やりに引っ張ってきてくれたからいいものの、あのまま放置していたら一体何杯あの細いお腹に入ったのだろう。少し気になるけれど、一先ずポケモンセンター内の食堂の無料サービスの年越しそばでは周りに迷惑をかけてしまう。やっぱり、時間内に全部食べ切ったらタダ!…みたいなお店に連れて行くのが正解だろう。

母猫に捕まえられた子猫の如く、理央に首根っこを掴まれしゅんとしながらテーブルに帰ってきた千紘がちょっと可哀想に見えてきた。そんな私と千紘のそれぞれの心情を読んだかのように、祐月が眉を下げて困ったように微笑んだ。

「まあ、年が明けたらおせちもお餅もありますし。残ったのをいっぱい千紘くんに食べてもらって、満足してもらいましょう」

「僕も手伝ったんだよ!お芋切ったり、にんじん切ったり、伊達巻き作ったり!」

るんるんと楽しそうに、今日の自分の手柄を語る彼方。卵を焼いただの、昆布巻き作っただの、芋きんとんを絞っただの…。そんな話を笑顔で聞き続ければ聞き続けるほど、私の中ではお昼頃の祐月のセリフが蘇ってくる。彼はあくまでも丁寧に遠慮しているようだったけれど、私は察してしまった。…祐月、私をキッチンに近づけまいとしている。その恨みと悲しみを込めて、私はぼそりと呟き始めた。

「…祐月、私には包丁触らせてくれなかったのに、彼方ならいいんだ」

「ヒナリさんに包丁触らせたら何が起こるか分からないじゃないですか」

「火も使わせてくれなかった…」

「ヒナリさんに火任せたら何が起こるか分からないじゃないですか」

「でっ、でも、卵割って混ぜるのもだめですって、祐月言ったよ?火も包丁も使わないのに!」

「ヒナリさん絶対卵の殻入れるじゃないですか…」

「…な、慣れてないだけ…だもん」

…あんまりな言い様だと思う。それじゃあまるで、私が料理下手みたいな言い方じゃないか。私は料理が出来ないわけじゃなくて、あまりやったことがないだけだ。不器用とか、断じてそんなのじゃない。ただ経験が足りないだけだもの。だからこうして経験を積もうとしているのに、私たちの中の料理当番である祐月は滅多に私にやらせてくれないのだ。

ひどい、と恨みを込めて必死に睨みつけても、なんだかほっこりした、とでも言いたげな笑顔で返される。彼方たちに助け舟を出そうと視線を配っても、慌てて年越しそばの続きを啜り出すのみ。さらに拗ねそうになっていたとき、ぱちりと目が合ってしまったのは漣だった。はは、とぎこちなく笑い声を上げる漣は、それでもやっぱり優しいらしい。一生懸命にフォローをしようとしてくれている。

「あー…、えっと、大丈夫だよヒナリちゃん。俺そういうの全然気にしないし、ほら、俺も料理できる系の夫目指すから、」

「勝手に夫を気取るな馬鹿」

「漣さんも相当不器用ですよね?」

「うーん。というか、根本的にフォローになってない…かな!」

そういうときに限ってお椀から顔を上げ、キラキラした笑顔で漣を叩き出すいじめっ子ふたりと、本人に悪意ないからこそ余計に抉ってくる彼方の攻撃により、漣はあっさりとやられてしまったらしい。風が吹けば今にも吹き飛ばされそうになった漣を少し哀れに思うけれど、…ごめんね漣。なんて声を掛けたらいいのか分からず、さっきの彼方たちのようにそばを食べるのに必死なふりをした。漣がさらに切なそうな笑顔を浮かべていた。

「……ね、漣」

「今度はお前か千紘ー!なんだよ!」

最後になってしまった年越しそばをちまちまと名残惜しそうに食べていたと思っていた千紘が、ふと顔を上げる。そしてあの不思議な琥珀色の瞳をまっすぐ、すっかりHPが赤ゲージになった漣とへ向け、こてんと小首を傾げた。

「……漣、今日、何してたの」



普段は旅を続ける私たちだけれど、大晦日とお正月の今日明日くらいは一旦それもお休み。せっかくなんだし、ちゃんとしたこの地方の伝統に乗っとろうというわけだ。そういうわけで、我らが参謀理央様の一存により、今日はそれぞれに仕事が割り振られていた。祐月と理央はポケモンセンターの一室でおせち作り、千紘と彼方は祐月たちの手伝いとお餅つき。漣と私は、その時ポケモンセンターに宿泊している人たちの有志で出来たお掃除隊に参加することになっていた。

まあだんだんと良くなってきているとはいえ、相変わらず私以外の人間は敵視しているらしい漣にはかなりの苦行だったらしい。終始嫌そうな顔をしていたので、周りの人も近寄りにくそうだった。そんな漣の欠陥が、ふたりの欠陥のひとつ。そして、もうひとつは。



「あ?…あー、なんかポケモンセンターの掃除させられてた。お前らが混ぜてくれなかったからな!あーなんで俺が人間なんかに混じって掃除なんか…」

「そうだよね…漣、知らない人たちの中で大変だったよね。お疲れ様」

私がそう言うと、さっきまで吹き飛ばされそうな砂のようになっていた漣は、まさに水を得た魚のよう…というか、水を得たラプラスだ。へにゃりととろけきった口元で笑う彼は、HPも満タンまで回復したらしい。素直というか、何と言うか。「単純バカ…」という理央の独り言や、祐月の深い溜息に内心頷いてしまったけれど。

だけど理央の一言で話の方向が一気に私へと向けられ、私はどきりと笑顔のまま固まり付いてしまった。

「そういえば、ヒナリは結局漣といなかったの?途中で一瞬僕らのとこ来たよね?」

「あ……、えっと。それは、」

「ああ、ヒナリちゃんはその、ちょっと危なっかしかったからって、他のトレーナーさんにな…」

「要するに、そっちでもヘマしてたってこと?はーあ、これから大丈夫なのかなヒナリは…」

な、なんで理央にもばれてるんだろう。漣が気まずそうに視線を逸らす。…要するに、しょっちゅう転んでバケツ倒したり、窓を拭いてもムラだらけだったりで、逆に仕事を増やしてしまう存在として、私は厄介払いされてしまったのだった。「大丈夫、君は君に出来ることをやったらいいんだよ」という、とあるトレーナーさんの言葉が未だにジクジクと胸に刺さっている。出来ること、やってるはずだったんだけどなあ。

つづかない
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