「じゃあ…結婚しよっか?」
「なんかえらく軽いわね…まあ、そういう事なら良いわ。皆にもそう伝えておいて構いませんのね?」
「うん!」
「…」

開いた口が塞がらないとはこの事だった。



「どうしてあんな事言ったんだ?」

帰り道、晴れて決まった就職先の上司(予定)となまえとの唐突すぎる爆弾発言に、気が気じゃなかった俺は、我慢しきれずにそう切り出した。

「あんなこと?」
「だから、結婚するって…」
「ああ、駄目だった?」
「そういうことじゃなくてだな…」

いくら雷門に色々言われたからって、話が飛びすぎてる。

俺たちの初就職先は母校、雷門中学校だった。
俺は数学、なまえは国語の教師として二年後の春から勤める手筈になっている。同時期に理事長に就任する雷門夏未から、昔のよしみで食事に誘われ、教師たる者、生徒の模範にならなければならない云々、学校では割り切れかんぬん、最後にまあ結婚するなら話は別だがと言われ、冒頭のなまえの台詞が飛び出したという訳だ。ここが問題なのだ。そもそも俺たちは付き合っていない。

「別にいいじゃない、何か問題でもあるの?」
「…というか、俺たち付き合ってすら、いないじゃないか」

言って堪らず俯く。今まで目を逸らしてしてきた現実を目の当たりにするのは辛かった。

「何だ、そんなこと?」
「そっ…」

あっけらかんと言い放つなまえに絶句する。お前の言う"そんなこと"に、俺がどれだけ勇気を振り絞ったと思ってるんだ!!

「別に、考えてなかった訳じゃないんだよ」
「…え?」
「だって、これからもずっと一緒にいるんだから。その考えに行き着くのも不思議じゃないでしょ?」
「…んで、」
「え?」
「何で、急に。そんな素振り、一度だって…」
「…ごめんね、」

はなまえそう困ったように笑って、

「大好きだよ」
「っ、」
「一度も言ってこなかったけどね」

どうしよう。俺、今もの凄く感動してる。どうしようどうしよう。とりあえず抱き締めようと腕を上げて―

「それに一郎太ん家だったら嫁姑関係も円満だしね!」

即座に下ろした。そのまま心身共に重力に負けそうになったが、ここで負けると暫く立ち上がれそうになかったので、全力で踏ん張った。

「本音はそこか…」
「ちょっと、嫁姑問題って結構えげつないんだからね!?」
「何処で聞いたんだよ」
「テレビで言ってた!」

得意気に笑うなまえにガックリする。一瞬前の儚い感じはどうしたんだよ。なんか色々台無しだ。さっきの感動を返せ。
項垂れる俺に、なまえはふにゃりと笑って言った。

「だから、傍にいてね。昔からね、一郎太が傍にいると、どんなに辛い事があっても、幸せだなって思えるんだあ」

思わず息を詰まらせる。
ともすれば泣いてしまいそうだったので、下唇を噛んで何とか耐えた。
本当にこいつは。何でもないようにこういうこと言うから、すごく、困る。今も、俺が必死になってるのも知らずにのんきに笑っている。
ああ、もう、

「…なぁ、」
「んー?」

「愛してるよ」

大きく見開いた目に、しまりの無い自分の顔が映っていて、無性に照れ臭かった。

「な、なに、急に」
「いや、そういえば俺も、一度も言ったことなかったと思って」

仕返しにそう返してみたけど、当たり前だ。ついさっきまで、なまえにとって俺はただの幼なじみなんだと、この想いは伝えられるはずないんだと、そう思い込んでいたんだから。

「ふーん、へぇ、そう」

そう言った切り、なまえはそっぽを向いて黙り込んでしまった。
そのままお互い無言で歩くこと数分。右手に微かな温もりを感じた。そちらに目をやると、なまえが俺の手におずおずと触れていた。顔はまだ反対を向いたままだったけれど、耳は真っ赤に染まっていた。口元が弛むのを感じながら、こちらからぎゅっと握ってやると、更に赤みが増した気がした。

夕日に染まる住宅街を歩いていると、唐突に小学生時代を思い出した。
何もかもが新鮮だったあの頃も、この手だけは離さなかった。これからも一生そうなんだろうなあと思うと、この世に二つとない宝物を手に入れたような、そんな気分になった。


(うわー、ここどこだろ?)
(なに言ってんだよ、家からそんなとおくないだろ)
(だって、いつもはおかーさんたちと一緒だから…)
(大丈夫だって、ほら、)
(?手がどうしたの?)
(つなぐんだよ。そしたらはぐれないし、安心だろ)
(そっか、そうだね!)
(よし、はなしちゃだめだぞ)
(いちろーたこそ!はなしちゃやだよ!!)



『この手を離さずに』


ユツキさんから頂きました!
ほのぼのしてますね〜…(´ω`)
わたしもこういう文章書けるように頑張ります^^



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