昔は本当に“好き”と“愛してる”の違いは解らなかった。友達への好きって気持ちと、家族に向ける好きって気持ちと、そして特別な異性…男の子に対する好きって気持ち。全部“好き”で大切な気持ちなんだから、ってずっと思ってた。…でもいつからなんだろうか、何だか違う気持ちをわたしは見つけてしまった。

「…ねえ、一郎太…」
「ん?どうした円堂?」

10年近くの歳月を経てもうすぐ出会ってから20年にもなろうかという長い付き合いの幼馴染み…一郎太は今も昔と変わらずわたしの隣にいてくれている。あの頃よりも髪が伸びて、身長も高くなって、体つきも男の人のモノへと変わっていったけれど。変わらない優しさと眼差しでわたしを眺める様子に、胸の奥がちくりと痛むのを感じる。それと同時に近付きたい、抱き締めてほしいと願う自分もいる事にもまた、随分前から気付いていた。

「…」

複雑な気持ちを抱えて黙り込んだわたしに、一郎太は少しだけ苦笑して、わたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「なんだ、寂しいのか?」
「…うん」

違うの、寂しいとはちょっと違ってる。胸が痛くて、でも暖かくて。一郎太が大好きなの。今まで言ってたのとはちがくて、そう言う意味での“好き”なの。
言いたいことや想いが溢れて、でも上手く伝えることが出来なくてわたしはただ小さく頷いた。すると、頭の上からはいつもと変わらない優しい手のひらが降ってきて、すっとわたしの肩と背中を引き寄せる。自然とわたしの顔は彼の胸元に寄せられて押し付けられた。温もりが身体全体を包み込む。

「大丈夫、収まるまでこうしててやるから。…お前は1人じゃないだろ?」
「…ん、」

何処までも柔らかくて優しくて、もどかしくて、思わず目頭が熱くなる。じわ、と涙が滲んでいることが自分でも分かった。
―好きなの、一郎太。他の誰でもない、一郎太が大好きなの。ずっとずっと変わらずに傍にいて。離さないで、ずっとこのまま。
雪崩のように次から次へと崩れ落ちる本音を言葉に変えることが出来ずに、涙となって溢れ出す。
この想いを直接言えたらどんなに楽になれるのだろうか。

「…円堂?泣いてるのか?」
「…ううん、泣いて、ない…」
「でも、」
「泣いてない、から…大丈夫、…から…」
「…そうか…」

声を圧し殺すと反対にひくひくと肩が揺れ動く。多分一郎太のシャツの胸元はわたしの涙が滲んで冷たくなってるのだろう。それでもなお、それを指摘せずに一郎太はわたしの背中を黙って擦り続けていた。まだほんの子供の頃と全く変わらない、壊れ物を扱うような手付きで。わたしが本当に欲しがるものをいつも与えてくれる、その仕草そのままに。
どうして、わたしと一郎太は幼馴染みなんだろう。一番近いと思っていた筈の距離がこんなに遠く感じるなんて。
例えばもしわたしが想いを告げて、でも断られたりなんかしたら。もう二度とこんな関係には戻れない気がして怖い。
でも、このままずっと黙っていたらきっと一郎太に大切な人ができて、わたしは置いていかれてしまうだろう。―また、ひとりぼっちになるかもしれない。

「…だ…」
「円堂?今なんて…」
「やだ…やだよぅ…」
「な…何が嫌なんだ?言わないと解らないだろう?」

いよいよわたしの中で暴れだした感情が歯止めを壊して流れ出す。圧し殺していた嗚咽が漏れて、一郎太は困ったように、宥めるようにわたしの肩を擦った。

「ひとり、は、やだ…」
「ひとり…?」
「置いてかない、で、…一郎太…ずっと一緒に、て…」

もう二十歳も越えようと言うのにみっともない姿を曝している、なんて分かっていた。だけど、涙は止まってくれなくて。
しがみつくような形で一郎太にすがる。情けない、弱い、わたし。もう色々な意味で涙が止まらなかった。

「…離れないさ、絶対。お前が離すなと言うなら離さないし、傍にいろと言うなら傍にいてやる。…だから泣くな」

穏やかに、わたしの漏らす嗚咽の隙間を縫うようにして埋められた言葉は、やっぱりわたしが望んだ通りの言葉で。何も聞かずにわたしの我が儘だけを掬い上げて手を差し伸べてくれた。
…そして、それを良いことにわたしはまた彼を縛り付けてしまうのだ。

「…ん…」
「何か子供の頃に戻ったみたいだなあ」
「もう、わたし…二十歳だもん…大人だよ、」
「大人、な…ま、そう言う事にしておいてやる」

そうしてまた他愛ない話で空間を埋めて、誤魔化してしまうのだ。ホントはもう手放さなければならない関係を未だに持ち続けていることを、それに依存していることを。

「…ごめん、なさい…」
「ん?今なんか言ったか?」
「…ううん、何も」
「そっか」

もうちょっと、もうちょっとだけだから。だから、この暖かい場所を、わたしに独り占めさせてください。
誰にともなく願いながら、わたしはまた一郎太の胸元に顔を埋めるのだった。



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