何か、寒気を感じて目が覚めた。まだ開きたくないと駄々をこねる瞼を無理に開けると、隣で寝ていた紗玖夜が布団を多く持っていっているらしいことをぼんやりとした視界と思考の中で理解する。
…さて、どうしたものか。よく寝ている彼女を起こすのは忍びない。かと言って真冬のこの季節、このままの状態でいるのは俺が辛い。
散々迷った挙げ句、彼女が多目に持っていった布団をそろそろと音を立てずに俺の方に引き戻すことにして、そっと彼女の肩口に手を置く。…と。

「…ん、う…?いちろー、た…?」

人の体温を敏感に感じたのだろうか、紗玖夜が目を覚ましてしまった。まだ頭が完全に起きていないのだろう、寝ぼけ眼の冷たい指先で俺の手を意味もなく握り締める。その様子はまるで生まれて間もない赤子の様で、思わず笑みが零れた。

「悪いな、起こしたか?」

と言うか、起きているのか?と心の中で呟きつつ、握られていない手で指先と同じく冷えた頬を、首筋を柔らかく撫でる。乾燥したこの季節の中でも、彼女の肌は不思議としっとりしていた。…これは女特有のものなのだろうか。

「…今起きた…」
「そうか。悪い、起こしたみたいだな」

漸く思考の焦点が定まってきたのか、先程よりも多少声がしっかりしている。そしてくあ、と小さな欠伸をした後、紗玖夜が自分が取りすぎていた分の布団を俺の方に掛け直すと、もぞもぞと俺の方に寄ってきた。

「ごめんね一郎太、布団取っちゃって…」
「いやまあ、俺もさっき気付いばっかりだから。あんま気にするな」

軽くくりくりと俺の胸板に額を押し付けて謝る彼女の頭の下に長年の自然な流れで腕を敷いてやる。慣れた重みを感じると同時に紗玖夜がころ、と喉を鳴らした。

「一郎太暖かい…体温高いねえ」
「お前は逆に体温低めだな。相変わらず」

互いに眠気は何処へやら。枕にしていない方の腕で彼女を背中から抱え込むと、それに釣られたのか紗玖夜から若干暖まって温くなった足を俺の足に軽く絡めてきた。悲しい男の性か一瞬どきりと胸の奥が鼓動して煩悩が浮かび上がるものの、直ぐにそれを打ち消す。
…今は、まだダメだろう。自分は兎も角として、彼女は革命派の先導する人間として、必要とされていながらも立場がかなり不安定だ。そして、それの影響で精神的にも張り詰めている。
だからこそ、今は安心することの出来る居場所を作ってやらなければ。俺まで彼女に負担を掛けるわけにはいかない。
衝動を押さえつつ、不安がらせないように小さな背中を擦る。早く寝付ける様に、安心して革命を成功させられる活力になるように。俺が今協力してやれるのは、これだけだから。

「…一郎太、ごめんね」

不意に溢された謝罪に、一瞬だけ手が止まる。何故今、謝られたのだろうか。

「どうした?突然…」
「今…一郎太ガマンしたよね?一瞬だったけど、足が縮こまったもん」

流石、20年もの時間を共に過ごしていた幼馴染みなだけはある。彼女には俺の行動などお見通しだった。

「…ごめんね、いつも一緒に居られなくて。心配かけてばっかりで。ガマンさせちゃってばっかりで…」
「…お前が気に病むことじゃない。俺が望んだことだ」

本心からの言葉だった。漸く叶った俺の長年の片恋は終わったのだから。彼女に求めた言葉や関係は既に俺のものになった。…これ以上、何を望むのだろうか?

「けど…、わたしはまだ何も返せてないよ…一郎太はわたしに色んなものくれたでしょう?」

伏し目がちの瞳からは何も分からなかったけれど、彼女が強烈な罪悪感を持っていることは理解できた。

「側にいてくれて、想ってくれて、支えてくれて。…けどわたしは何も返せてない。貰ってばっかり…」

微かに震える睫毛や声音が泣き声を連想させて思わず焦る。が、それを堪えて安心させるように彼女の頭を抱えるように撫でた。

「お前はそれで良いんだ。…俺はもう充分過ぎるくらい、紗玖夜から色んなモノを貰ってるよ」

傍に居るだけで温もりを、愛しさをくれた。活力だとか、癒しだとかも、全て。そして、ただの幼馴染みだった少女は大人になってからその存在その物をそっくりそのまま、俺に明け渡してくれた。
…これ以上の幸せはないと言うのに。

「…ホントに?ちゃんとわたし、一郎太をささえてる?」
「ああ、当たり前だ。いつも支えられてるよ。…だからお前も安心して革命を成功させてこい。ちゃんと待ってるから」
「…うん。わたし、…また皆が笑顔でサッカー出来るように頑張るよ」

くっと額を強く俺に押し付けて、彼女は柔らかく笑んだ。そして小さな欠伸を溢す。その様は本当に幼い頃と同じで。

「ほら、明日も早いだろ。…もうちょっとこうしててやるから、寝ろ」
「うん、…お休み、一郎太…大好き…」
「…ああ、お休み」

もうすでにうつらうつらしていた彼女にそう呟きを落とすと俺も同じく目を閉じた。優しい温もりが俺を夢に誘うその瞬間を待ち焦がれながら。




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