日が落ちるのが本当に早くなった。いつもの帰り道も心なしか暗くて、今日もまた1人かなあ、とちょっとだけ寂しい気持ちなる。見上げたマンションのお部屋はやっぱり暗くて。落胆の気持ちを抱えて、リビングのドアを開けると。暗がりの中、久方ぶりに見る茶色のもふもふとした頭がゆらゆらと揺れているのを見つけて、思わず顔が緩んだ。
…帰ってきてたんだ。連絡してくれれば良かったのに。ああ、でも嬉しい。
色んな想いが頭の中を駆け巡るより早く、わたしは彼の首に後ろから思い切り抱きついた。

「…っ!?」
「お帰り!!明王くん!」

どうやらうとうとしていたらしい彼は突然来た衝撃に驚いたらしく、一瞬息を詰めた。…が、直ぐに呆れた顔でわたしの頭を叩く。

「俺の呼吸を止める気か、紗玖夜ちゃんよ」
「だって帰ってるなんて思わなくて、嬉しかったんだもん。…ねえ、お帰りの返事は?」

ソファの背面に背伸びして、自分の頬を明王くんの首にくっ付けてすり寄る。わたしよりも更に低い体温に安心を覚えて、無意識に喉を鳴らす。

「あーハイハイ、ただいま。…これで良いか?」
「ん、お帰り。…でも帰ってくるなら連絡してくれれば良いのに」
「吃驚させようと思ったんだよ。…実際驚いたのは俺の方だけどな」
「…ごめんね、つい嬉しくて」
「へいへい、そんなこったろうと思いましたよ」

にや、とかつてを髣髴とさせる顔をしながら、明王くんはわたしの頭を撫で始める。

「俺がいない間もちゃんとメシ食ってたか?」
「ん…頑張ってたよ、一応。…でも明王くんよりも美味しく作れないよ…」
「まあ、お前に料理は期待してねーから」
「酷いな〜…」

旋毛からゆっくりゆっくりと耳の裏に髪を梳くように梳るその指先は、言葉尻のきつく聞こえるのに反して柔らかく優しいもので。心地よさに思わずうとうとっとしかけてしまう…が、やっぱりそこは眠らせてくれるほど優しくもなくて。

「コラ、寝るな」
「うぎゅっ…」

頬をつねられて思わず変な声が上がってしまった。色気のねー声、って明王くんは笑う。
…意地悪だ、明王くん…。

「紗玖夜ちゃんが先に俺を起こしたんだぜ?起こした張本人が寝るのは反則じゃねえ?」
「…はい…」
「素直で宜しい。…なんてな」

10年前なら見れなかったであろう、その優しさを交えた笑みに妙な幸福感を覚える。…と、同時にくう、とわたしのお腹の鳴る音が聞こえた。僅かな沈黙の後、明王くんがぷっと吹き出す。

「何、腹減ってんの?」
「…うん…」

久しぶりの自分以外の体温に安心してお腹が鳴ってしまうなんて、我ながら子供っぽくて恥ずかしい。声を潜めて笑い続ける明王くんのふさふさ頭に顔を埋めて、笑わないで、という意味合いを込めて 軽く肩を叩いた。

「…そんな笑わないで」
「…っ、悪い、今のはタイミング良すぎて笑ったわ。…眠くなったり腹が減ったり忙しいなあ、お前」
「…本当、明王くんは意地悪だ」
「そんな意地悪と一緒になるのを選んだのはお前だぜえ?今更だな」

くっくっと未だに笑いながらも、今度はわたしを宥めるようにぽんぽん、と頭を撫で、更にソファの背面越しに首を伸ばして頬に唇を押し付けた。そしてゆっくりと立ち上がると、キッチンへと歩いていく。

「…明王くん?」
「ちょっと待ってろ、今何か作ってやるから」
「…え、」
「腹減ってんだろ、メシにしようぜ」

腕捲りをしつつ冷蔵庫の中身を確認する明王くんに状況を把握しきれずに呆けていたら、変な顔してんな、とまた笑われてしまう。…そして。

「いっつも頑張る紗玖夜ちゃんにご褒美。とびっきりを作ってやっから待ってな」
「…うん!明王くんありがと、大好き!!」

柔らかな言葉にそう返すと当たり前、という言葉が返ってくる。何でもないけれど、暖かいこの空間がいつまでも続けば良いのになあ、なんて思いつつもわたしは忙しそうに動く明王くんの後ろ姿を見つめていた。




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