私よりも少しだけ広くてがっしりしている背中に寄りかかる。そうっと背中を合わせたら伝わる温もりに思わず笑みが零れた。

「…どうした?」
「んー、何でもないよ」

練習の後だからだろう、香る汗の匂いが何だか男臭い。…いくら外見が女の子みたいだからって、こういうところで性別が出るのだろうか。

「風丸何か男臭いねー」
「男臭いって…」

その言い方はちょっと…と呟く風丸はきっと、何とも言えない顔をしているに違いない。顔なんて見なくても、声音や雰囲気で彼が今何を思っているかなんてすぐに分かる。…往々にして分かりやすいのだ、風丸は。

背中越しの体温が恋しくて、風丸の背中にぐっと体重をかける。熱いくらいの体温を感じつつもそれが何だか心地よかった。
私の全体重に近い体重をかけても、風丸は平気な顔をして流れる汗を拭いながら熱い、と零す。

「なあ、俺練習終わった後で汗だくなんだけど。というか熱くないか?」
「熱いけど…ちょうど良いかな…汗の臭いはちょっといただけないけど」
「…着替えたいんだが…」
「もうちょっとだけ」

お願い、と言えば彼はたいてい折れてくれる。今回も渋々ちょっとだけだからな、なんて言いつつそのままでいてくれた。

たまにこうやって、背中合わせをして体を預けたくなることがある。例えば、少しだけ疲れた時とか、どうしたら良いか分からなくなってしまった時とか。そう言う時は、こうやって背中を貸してもらいたくなるのだ。
抱き締められる事より私は、背中合わせの方が好きだった。それはきっと、風丸だから感じることなんだろう。

「…私、風丸の背中好きだなあ」
「は?何をまた突然…」

呆れた様な、少しだけ苛立ったような声をあげる風丸の肩に頭を軽く乗せる。…ああ、落ち着く。

「だって落ち着くもん、こうやってると。だから、背中大好き」

ふわり、と横に垂れる水色のポニーテールの先をくい、と軽く引っ張る。僅かにだけれど汗で湿っていた。しばらく髪に指を絡めて遊んでいたら、どこか拗ねたように風丸が口を開く。

「…俺の背中だけか?」
「…うん?」
「お前が好きなのは、俺の背中だけなのか?」

一瞬、思考が停止する。…彼は今、何と言った?
そして、意味を理解したあと、思わず吹き出す。まさか、そんな所に反応するとは。
気が抜けてしまって、込み上げてくる笑いを何とか押し止めていたら、突然ふっと合わせていた背中が消え、すぐに私のよりいくらかがっしりしている腕が私を支える。そして流れ作業の如く、胸元に抱き込まれてしまった。

「…風丸?」
「俺は背中合わせよりこうやる方が好きだ」

拗ねた声音のまま、ぎゅうっと背中に回された腕の力が強まる。必然的に胸元に顔が着くと、むわりと汗の香りが強まった。…流石に臭い。

「…風丸、汗臭い」
「だからさっき汗だくだって言っただろ」

しれっとしてそう言う風丸は腕をとく気配を見せない。むしろもっと、と言わんばかりにぎゅうぎゅうと力を込められた。

「…風丸の全部が好きだよ。背中は一番好きだけどね。でも、基本的に風丸のものなら何でも大好き」

硬い胸に頬を押し当てて呟けば、彼は嬉しそうにそうか、と言って私を解放する。…やっぱり、分かりやすいなあ。
ふわり、と離れようとした瞬間頬に押し当てられる柔らかいもの。驚いて動きを止めて前を向いたら、そこには風丸の悪戯っ子のような表情があった。

「え…な…」
「唇にしたかったけどな…続きは着替えてから」

じゃ、またあとで。
無駄に爽やかな笑顔でそう言って去っていく風丸の後ろ姿を半ば呆然と見守る。
…案外、風丸は分かりにくいやつなのかもしれない。
まだ温もりの残る頬に手を当てて呟いた言葉は呆気なく霧散してしまった。



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