口に含んだ瞬間、広がる香りとは異なる苦味が広がる。香りだけならば香ばしく美味しそうなのに、口に含むのはわたしにはまだ早いようだ。思わず眉間に皺を寄せてカップをソーサーに戻すと、丁度わたしの様子を伺っていた神童くんと目が合った。不安そうに目を細めてカップをきゅっと両手で抱えたまま、恐る恐る口を開く。

「…美味しくなかったか…?」
「ええと…」

何だか今にも泣きそうに眉尻を下げる彼に申し訳なさを覚えて目線を彷徨わせる。…珈琲を出された時点で飲めない事を伝えておけば良かったのだが、如何せん神童くんが淹れてくれたらしく、そう無下に断るわけにもゆかず。取りあえず口に含んでみたものの、やはりわたしにはまだ早い味わいだった。

「…あのね、ごめん。わたし、まだ珈琲飲めなくて…」

彼の情けなくカーブを描くまゆげを見つめているには少し耐えられなくて、おずおずと口に出してみた。すると、思いのほかホッとしたような顔でなんだ、そうなのか、と言う。

「それなら先にそう言ってくれたら良かったのに…」
「ごめんね。言うタイミングを逃しちゃって…」
「いや、気にしないでくれ。…そうしたら、紅茶は飲めるか?」
「紅茶は…お砂糖入れたら大丈夫」

多少の申し訳なさを感じつつ、ソーサーをゆっくりと神童くんの方へと押しやると快く女の子と見まがうほどの白く細い指先がそれを受け取って脇に避けた。何と云うか、そんな姿さえも絵になる人だ。恐らく、容姿だけではその雰囲気は出せないのだろう。彼の幼馴染の霧野くんも綺麗な外見をしているけれど、仕草は男の子それで、少しガサツで乱暴だから。神童くんの所作は育ちの良さゆえなのだろう。…どちらかと言うと、親しみを覚えるのは霧野くんの方なのだけれど、それは彼には言わないでおく。

「…ええと…レディグレイなんだけど、大丈夫か?」
「あ、うん。アールグレイはちょっと苦手だけど、レディグレイなら大丈夫」

ぼんやりとそんな事を考えていると、彼は再びカップの乗ったソーサーをわたしの方に差し出してくれた。芳醇な香りがふわりと鼻腔を擽り、思わずふう、と溜め息がもれる。

「砂糖は…一応二杯いれたんだが…」
「あ、ありがと、二杯で大丈夫だから」

くるり、と小ぶりのスプーンで杏色に近い水面を撫でるように混ぜてから、口に含む。特徴的なベルガモットの香りと、砂糖の甘い味が口いっぱいに広がった。…詳しくは分らないけれど、普段コンビ二やチェーンのカフェで飲むものよりも美味しく感じられる。彼の使う茶葉が良いからなのか、はたまた彼の淹れ方が良いのか。

「…どうだ?」
「うん、…美味しいよ。ありがとう」

そうか、と嬉しそうに笑う神童くんは可愛らしさを残しつつ、少し凛々しい雰囲気を漂わせ始めていた。…出会って、話すようになって、こうやって家まで遊びに行かせてもらえるようになって。ふと走馬灯のように流れ出すその光景に思わず目を細めた。…来月から、わたしと彼は別の高校に通うことになる。これからの生活で、こうやって神童くんと長く過ごす事もなくなるのだろう。少しだけ切ない気持ちと一緒に紅茶を嚥下する。

「…また、これ淹れてくれる?」
「…え、」
「…あ、ごめん。またこれ飲みたいなって」

嚥下した気持ちが思わず漏れ出る。ちょっと驚いた顔をした神童くんが、すぐにふわりと微笑んだ。…やっぱり、この笑顔が毎日見られないのは、ちょっと寂しいかもしれない。

「いつでもうちに来てくれ。また一緒に紅茶を飲もう」
「ありがと。…今度は淹れ方を教えてくれる?」
「ああ、勿論だ」

日溜りに照らされたような綺麗な笑顔を見ながら、わたしはもう一口冷めてぬるくなってしまった紅茶を啜る。伝えたかった想いや、今も募る気持ちと一緒に飲み込んだ紅茶は、何故だか珈琲に似た苦味しか口に残さなかった。



/
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -