小指から伝わる

ごめんね、と呟いた監督は苦笑していたけれど、何故だかとても苦しそうで、泣きそうな顔をしていた。いつもなら底抜けに明るくてのんびりしていてマイペースで、でもサッカーへの情熱は恐らく俺達以上にあって。いつもその顔には笑顔が耐えないと言うのに。
先の天河原中との試合で俺や三国さんが松風に影響されて、フィフスセクターからの勝敗指示を無視してまでもぎ取った勝利。しかし、その勝利が原因で今度は部活内での不和が起こり始めていた。フィフスセクターへの今までどおりの服従をよしとする者、逆に俺たちのように新たに自分たちで勝利を掴もうとする者。…やはり、俺があの時今までどおりにして居ればよかったのだろうか?

「…監督、俺は間違っていたんでしょうか?」

ほろりと出た本音。不安で仕方なかった。服従していれば確かに安定した未来を掴む事が出来る。納得できなくても、それでもサッカーは続けられる。

「…わたしが神童くんの立場でも、きっとああしたと思うよ。誰かに勝利を決められていて、どんな風に試合をしろなんていうことまで決められるなんて、わたしは我慢できないから。皆で一つのボールを追いかけて、皆で一点をとる。…それが、わたしが大好きなサッカーなの」

ほっそりと聞こえる少しだけ頼りない声。風に流されてしまいそうなくらい、彼女もまた、揺れていた。細められた瞳は、光の加減のせいだろうか、潤んで見える。

「…わたしね、この学校大好きなの。…雷門中、わたしの大切な母校。思い出がつまった場所。…皆と出会って、一緒に成長して、…お爺ちゃんの背中を追いかけた、この場所が大好きなの」

監督は古ぼけたプレハブの旧部室を見上げて、そしてやはり古ぼけて割れてしまったサッカー部の看板を白くて細い指でそうっと撫でた。声音に懐かしさを滲ませて、まるで思い出すかのようにゆっくり、何度も何度も、看板を撫でていた。

「…だから、守りたいの。雷門の皆と一緒に、わたしの大好きなサッカーを。…ここじゃなきゃ、ダメなの」

そこで言葉を切った監督はすっとこちらを向く。茶色の大きな瞳が揺らぎながらもしっかりと俺を見つめていた。

「だから…協力、してくれないかな?…わたし、もっともっと頑張るから」

伸ばされた手は俺よりも白くて小さくて、本当にこれでかつての中学サッカー界1と言われたのか、それを疑問に思わせるような手だった。
吸い寄せられるかのようにその手を握れば、冷たい指先がそっと握り返してくる。…監督は、嬉しそうに笑っていた。

「…ありがとう」
「…いえ…俺も、…俺も頑張ります、強くなれるように」
「ん…一緒に頑張ろうね」

夕日を背に、握られた手が自然な動きで監督は俺の小指を自分の小指に絡めた。

「やくそく、ね。一緒に強くなろうね、…一緒にサッカー取り戻そう」
「…はい」

小さな、でも確かな約束。
…俺の力は本当に微々たるものだけれど、力になりたい、…素直にそう思えた。
幼子が約束を交わすときのように小指を絡めたまま、静かに俺は自分に誓った。




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