ベクトルが向く、その向きを

スピードには自信があった。それは、俺が今まで陸上部員として築き上げてきた努力に基づいた、絶対的な自信だったのだ。…なのに、最近ではどうだ。宇宙人に負け、吹雪にも追いつけず。自分に対する自信が無くなってきている。力差が歴然としている事に対して絶望的な気持ちを抱くのは人として間違っては居ない筈だ。そう思っている、けれど。

「今日も冷えるね〜…」
「ああ。…そうだな」

そっと寄り添ってくる円堂は微塵もそれに対する恐怖を見せないから。あくまでも己を向上させるために日々努力を重ねようとするだけだった。こてん、と肩に微かな重みを感じて見下ろせば、すぐ近くに小さな頭が見える。…バンダナを外しているのを見るのは、いつ以来だろうか。

「今日はありがと、一郎太。…一郎太の一言がなかったら、多分染岡くんや吹雪くんがずっと仲悪かったと思う」
「…あまり大したことは言ってないさ。…身体、冷やすなよ」
「ん、ありがと。でも大丈夫、一郎太が暖かいから」

ぎゅーってして、とねだる彼女に言われるがまま、小さい身体を抱き締める。この柔らかさを、香りを身近で味わうのも、久し振りだった。…それに安心して、思わず抱え込んでいた本音が口から零れ出る。

「…神のアクアがあればな」
「…え?」
「あれがあったら、皆怪我をせずにすんだかもしれない、宇宙人に敵うかもしれない」
「一郎太…?」

そう、あれさえあれば、きっとこんな風に不安で怯える事もない…。
そう考えてゆくほど知らず知らずの内に腕の力がこもる。腕の中に閉じ込めた円堂が苦しそうに微かにもがいた。

「苦しいよ、ねえ…一郎太」

耳許で囁くように彼女が小さく呼吸する。はっと気付いて力を緩めれば、微かに当惑の色を滲ませた彼女に目を覗きこまれた。澄んだ茶色の瞳が全てを見透かすように瞬く。

「…本気でそう思ってる訳じゃ…無いよね?」
「…」
「そうだよね、違うよね?…ね?」

泣きそうに潤んだ目を前にしたら、いつだって俺は弱くなる。彼女は俺にとって守るべき対象なのだ。…それを、悲しませてはいけない。困らせてはいけない。

「…一郎太、…?」
「…ごめんな、円堂。…変な事言っちゃったな、ごめん」
「ホント?ホントなんだね?」
「ああ」

優しく笑って見せれば、あっという間に安心したように戻ってくる笑顔。再び俺の腕の中に納まって喉をくるりと鳴らす様子を見ていると、胸の奥に温かいモノが広がる。…そして、やはり彼女を助けなければと、強く思う。
…そうやって、自分を追い詰めて。後々自分が苦しくなる事など、この時はまだ考えないまま。そうやってずっと、彼女の温もりを享受し続けていた。








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