幸福を掴む条件

女の子の行動にいちいち一喜一憂させられる事なんて、今まで全く無かった。大体、みんなおんなじ言葉を僕にくれるし、おんなじ様に行動していたから。…でも、彼女はそんな今までの僕の常識を覆すような規格外の女の子だった。
女の子だけど、女の子らしからぬ一面がたくさんある子だ。見た目はどう見てもただの華奢で可愛らしい女の子の筈なのに、ふたを開けてみれば日本一のGKの称号を持っていたり。年頃の女の子ならば異性との接触に対しても敏感になる筈なのに、全く気にしてなかったり。
…僕の事も、全く気に留めていなかったり。

「あれ?吹雪くん、ひとり?」
「…あ、うん。紗玖夜ちゃんも?」
「うん。さっきまで塔子ちゃんと一緒にいたんだけど、塔子ちゃんもう寝ちゃったから、ひとりで出てきちゃった」

北海道の夜は寒い。本州から来たイナズマキャラバンの皆にはこの寒さがきついらしく、未だ慣れていないためなのか、必要の無いとき以外は皆外に出てくる事は無かった。
そんな中、ただ一人で寒そうな格好のまま、ほてほてと僕の隣に寄ってきた紗玖夜ちゃんは、僕が座っていた石段の隣の雪をさらっと払ってすとん、と腰を降ろす。そしてそのままひょい、と僕の顔を覗きこんだ。

「…顔色悪いね。大丈夫?」
「…うん、大丈夫だよ。…紗玖夜ちゃんこそ、そんな格好で寒くない?」

マフラーを巻いて、手袋をつけて、ジャージを着ただけの彼女はちょっと寒そうにしていた。…何だか若干もこもこしている気もするけれど、それでもこの寒さを乗り切るには少し無理がある。少しだけふるっと身体を震わせて心持ち僕の方に擦り寄るように身を寄せてくる彼女の仕草に、心が揺さぶられる。…どの女の子に対しても可愛いと思ったことはあるけれど、彼女のこういう何気なく見せる無防備で幼げな行動は、僕にとっては殊更に可愛いもののようにうつった。…でも、別に隣にいるのが僕じゃ無くっても、こうやってやるんだろうな。それが何だか無性に悔しい。

「…実はすごく寒いの。東京の冬でもここまでじゃないからねー…」

くすん、と鼻を啜るときゅっと身を縮めて見せた。細いラインを描く眉が情けなさそうにハの字になっている。

「…でも、えっと…紺子ちゃんと珠香ちゃんが北海道の雪景色は特に夜が綺麗なんだよって言ってたから、見に来たの。…本当に綺麗なんだね」
「へえ…意外だなあ、紗玖夜ちゃんもそういうのに興味があったんだ?サッカー一色の子かと思ってたよ」
「そうかなあ、意外かな…」

茶化したようにそう言えば、こてんと首を傾げてみせる彼女。…ああ、何だかやっぱりちょっとした仕草や行動が幼い。庇護欲と加虐心を同時に擽る彼女は、多くの人に愛されて守られてきているのだろう。ふとそんな考えが頭をよぎって、思わず心の中に影が一点、落とされる。

「…ッくしっ…」
「あ、…大丈夫?やっぱりそれじゃ寒いんじゃないのかな?」

小さなくしゃみが聞こえて思わずガラにもなく慌ててそっと彼女の肩を抱く。細い身体は、昼間驚異的な強さを見せた中学校日本一のGKには到底重ならなくて、少しだけ驚いた。

「うーん…やっぱり駄目だったかあ…」
「え?何が?」
「実はね、ジャージ一枚じゃ流石に寒いかなって思ったから、一郎太と鬼道くんにお願いして予備のジャージを貸してもらったの。…三枚重ね着してたら大丈夫じゃないかなって思ってたんだけどなあ…」

ちろり、と悪戯っ子のように舌を出して苦笑する紗玖夜ちゃん。…その表情に、行動に、言葉に。思わずばれないように唇を強く噛み締めた。…ああ、彼女は。
きっと彼女に必要とされたのなら、その居場所はとても強く優しく、確たるものになるのだろう。その居場所が喉から手が出るほど欲しくなってしまった。
月明かりの下で、僕は新たに抱いた感情を持て余しながら、それが彼女に悟られてしまわないように巧妙に乗り切る事に専念し続けた。…後々、この感情は彼女に知れ渡ってしまうことを、今は知らないままで。








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